タイにおいて、その伝統は宗教から政治、ビジネスに至るまで、生活のあらゆる側面に浸透している。今日のタイでは近代化・西洋化によって、歴史的な階級意識と文化的信念が和らいでいるように見えるかもしれないが、実はこれは大きな勘違いである。
その長く特徴的な歴史を通じて、一度も植民地化されたことがない唯一の東南アジアの国として、タイはその文化を維持している。依然として敬虔な仏教国であり、人口の95%が上座部仏教を実践し、実際これは日常的な祈祷や室内で靴を脱ぐ慣習、お辞儀などタイ人の生活様式に表れている。
私がタイにおいて現地の文化に触れたり、スタートアップエコシステムについての見聞を深めていると、全国至る所に仏教寺院が存在し、またそれらがオフィス街や大通の中心地に置かれていることに気がつく。これは、タイにおける仏教の重要性を物語っている。宗教を通じて人々は権威を崇めることを教え込まれ、これにより社会的階層意識が強化されているのだ。
例えば、タイの伝統的な挨拶は「ワイ」と呼ばれ、これは手を合わせながら少しお辞儀をする動作であるが、どのような人に挨拶するかによって、その方法は少し変化する。王族や僧侶のような宗教的エリート層に挨拶するときは、合掌を額まで上げ、これによって最大の敬意を示す。親や教師に対しては鼻の高さまで、上司や年上の人に対しては、口の高さまで合掌を上げる。
タイ王室が常に政治と文化の中心的な役割を果たしてきたように、伝統と階級はタイの政治システムにおいて影響力を持つ。近年、タイの行政全体が悪化し、2014年には与党に対するクーデターが起きたが、それにも関わらず、君主制に対する疑問は浮上しなかった。国家元首の役割は首相が担うため、国王の政治的権限は非常に限られているが、国民からは絶大な尊敬と忠誠心を集めているタイには、今も不敬罪が存在する。2016年後半にプミポン国王が亡くなった後には、全国的に1年間国民が喪に服した。
当然、タイではビジネスにおいても同様に宗教的伝統や階層が影響力を持つ。
タイにおける起業の最初にして最も高い壁はその文化にある。タイの企業文化は概してトップダウンであるが、これはイノベーションや創造には向かない。チェンマイを拠点とする起業家Kanchanasuwan Gling氏(米国で大学を出て働いた後、タイに戻りフィンテックスタートアップ「Zpring」を共同創業)は、このタイの企業文化が国内スタートアップの成長を制限し、創造的思考を阻んでいると述べている。
まず、保守的でリスク回避的な思考が優勢なタイでは起業家やスタートアップは比較的少ない。また安定した収入を確保しなければならないという社会的圧力から、国外のスタートアップ企業でも活躍できるポテンシャルを持つ若者でも、その多くは国内に留まる。実際、タイの若く優秀なソフトウェアエンジニアは、その安定的かつ高水準の給与的魅力から「SAP」や「Oracle」などの大企業でシステム管理者などとして働く傾向にある。その結果、優秀な人材はこのような大企業にほとんど吸収される。政府は改革を実施する計画を表明しているが、現状ではタイのスタートアップ企業は新入社員にストックオプションを提供することができない。
イノベーションのリスクと創造的思考を好まない国全体としての姿勢は、民間の研究開発費と国際特許出願の低さに表れている。イスラエルや米国など、スタートアップが盛んな国ではGDPの2〜4%が研究開発にまわされているが、タイにおいては0.7%未満である。この結果、2015年に特許協力条約に基づいてタイ国内で出願された国際特許の数は、民間においては研究開発費3,400万ドルごとに一件となっている。米国とイスラエルでは800-900万件に一件、ハイテクハブであるシンガポールと中国では1200-1600万ドルにつき一件である。タイの伝統的企業文化を一新することは、スタートアップ文化の醸造に欠かせない。
また、タイの企業文化はコネ文化でもあり、コネによって意思決定が大きく左右される。この文化は上記のトップダウン文化と組み合わさり、タイのスタートアップにおける成功を、血縁関係から得られる投資家や支援企業、政府とのコネに大きく依存させている。これが、成功したスタートアップのほとんどが、投資家や富、権力の集中するバンコクに拠点を置いている理由でもある。
ネットワーキングとコネは、どの国においてもスタートアップの成功に常に大きな役割を果たしているが、タイにおいてはこの度合いが大きく異なる。成功はプロダクトの質ではなく、チームのコネによってもたらされるという考え方がタイで特に顕著なのである。二つ例を挙げてみよう。一つはKorn Chatikavanij元金融大臣が創業したフィンテック会社「refinn.com」だ。同社は元金融大臣としてのコネを活かし、ほぼすべてのタイの銀行と提携して会社を拡大した。この連携は他のフィンテックスタートアップでは成し遂げられなかったことである。二つ目は、オンラインツアー会社「tourkrub.co」だ。このサイトの創設者は、オフラインツアー販売で年間数億バーツの利益をあげるタイの大手旅行会社オーナーの息子である。同社は、この大手旅行会社の既存ツアーとパッケージを活用して、オンラインサイトを構築することができた。
このような企業の成功背景により、スタートアップはただのトレンド、または趣味として一般的認知が日がってしまっているのがタイである。一般の人々がスタートアップビジネスの実行可能性とその影響を真剣に検討することは困難でああり、国内または世界市場で競争する機会は裕福、またはコネを多く持つ人に限定されている。例えがこれが過度な一般化であったとしても、このような認識が存在することは、それ自体が問題である。私が出会ったアーリーステージのスタートアップ創業者は、血筋に恵まれた人はその知名度と富を利用してスタートアップの運命を左右できるという意味で、タイのスタートアップは「富裕層のオモチャ」であると表現していた。
翻訳元:https://startupuniversal.com/tradition-hierarchy-rules-all-in-thailand/