難民起業家の挑戦:故郷の難民キャンプに私が戻ってきた理由

ヨルダンの難民キャンプで育ったサダムは、インドでのボランティアのあとヨルダンに戻り、I Learnを立ち上げる。彼はNGOと一般企業の形態を掛け合わせたユニークな社会的ビジネスで、生まれ故郷の若者たちにインパクトを与えている。
SDGs・ESG 教育

サダムはヨルダンのジェラシュ難民キャンプで育った。彼が社会的企業を始めるためにインドに行き、ヨルダンに戻った裏には、そんな背景がある。

Startups Without Bordersのポッドキャスト第5話でサダムは、「価値第一、利益はその次」の原則に触れ、収益性が高く影響力のあるスタートアップを立ち上げる方法について話している。

  

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提供:RanaHafez, ValentinaPrimo

  

サダムの人生はまるで映画のようだ。ジェラシュ難民キャンプで育ったサダムは、後に海外行き資金援助によって彼の人生を変えることになる考古学者に会う。そして彼はインドに渡り、恵まれない子供たちと一緒にボランティアをする。

将来的に彼の故郷、そして若き日を過ごした難民キャンプで、若者のエンパワーメントに革新を起こす社会的企業を生み出す目標を胸にしていた彼だが、「そのインドの人々に比べれば、自分の苦しみは大したことがなかったことに気がつき、ジェラシュのキャンプが恵まれていることを実感しました。彼らにはそれを理解して欲しいです」と語る。

「そのインドの人々に比べれば、自分の苦しみは大したことがなかったことに気がつき、ジェラシュのキャンプが恵まれていることを実感しました。彼らにはそれを理解して欲しいです。」

Startups Without Bordersのポッドキャストの第5話でサダムは、人生を変えたこの経験、そして若者が自由に将来設計をする支援をおこなうソーシャルスタートアップI Learnの構想を得たことについて語っている。

  

  

育ちは難民キャンプ

サダムは考古学的遺跡で知られるジェラシュの難民キャンプで孤児として育った。スフ難民キャンプと呼ばれるこの地域には、1967年のアラブ-イスラエル戦争中に、ウェスト・バンクとガザ地区から避難した2万人以上のパレスチナ人が住んでいる。紛争で避難した人々の居住地域に、恵まれた人々が観光に訪れるという現実の中で、彼は観光客相手にお茶とコーヒーを売る人生初めての仕事を手にした。

写真提供:ValentinaPrimo©StartupsWithoutBorders

  

彼の人生を変えることになる考古学者に会った瞬間を思い出しながら、「私が興味を持った学校の科目は英語だけだったので、観光客相手のこの仕事は完璧でした」と彼は笑う。「サダム、私にアラビア語を教えてくれ、その代わりに私は英語を教えよう」、考古学者のその言葉から、サダムは彼にコーヒーを売りながら毎日1、2時間座って彼と話をしはじめた。彼はヨルダンを去るとき、サダムにいくらかのお金を残し、そこから彼の人生は始まった。

困窮している国の若者が最初に考えることは、移住だ。「私は自分の環境から、難民キャンプから逃げ出したかった。新しい人々に会いたかった。そこで私は最寄りのインターネットカフェに行き、世界で最も物価が安い国、そしてヨルダン人が最も簡単にビザを取得できるインドへの航空券を予約しました。」

「私は自分の環境から、難民キャンプから逃げ出したかった。新しい人々に会いたかった。そこで私は最寄りのインターネットカフェに行き、世界で最も物価が安い国、そしてヨルダン人が最も簡単にビザを取得できるインドへの航空券を予約しました。」

最初の1年半、サダムは恵まれない子どもたちのためのボランティアに参加した。「そこには死を待つしかない病気の子どもたち、体の一部を失った子どもたち、または眠る場所がなかった子どもたちがいました。当時私は18歳でした」と彼は回想する。

「そこで私が学んだことは、自分の苦しみは大したものではなかった、ということです。私たちは、より不幸な人を見るまで、自分が最も不幸な人間だと考えがちです。私は自分が、そしてジェラシュの難民キャンプの人々がどれほど恵まれているかを実感しました。彼らにはそれを理解して欲しいです」

その時、彼の中で起業家精神が弾けた。ヨルダンに戻ると彼はバリスタとして働きながら、子ども時代ほとんどの時間を過ごした孤児院で、2012年にI Learnを立ち上げた。「私もかつては彼らと同じでしたが、一つの違いは、私が悪循環から抜け出せたことです。そこで、私たちは学術支援プログラムを開始しました」

   

   

起業家精神と難民キャンプ

サダムは、難民キャンプの小さな町には大きな違いが二つあると言う。1つ目は考え方だ。「彼らは不安定な生活を送っており、いつ祖国に戻るかわかりません。すべてが一時的なものであるため、長期的な将来を見据えることは難しいのです」と彼は言う。

2018年、I Learnへの公式訪問を行うRania Al-Abdullahヨルダン女王とサダム

   

二つ目は、インフラや様々な機会、住環境の観点から、難民キャンプがその地域のお荷物として扱われているということだ。その上、小さなコミュニティであるキャンプでは、人々はお互いを守るべく情報が外に漏れないようにするため、法律が介入することが難しい。

サダムは、難民キャンプをはじめ、多くの問題や脅威を抱えるコミュニティに住んだことで、常時周囲を警戒するようになった。「どこへ行っても、どこを見ていても、常を周囲に警戒しています」

「私は常に周囲を警戒しながら育ちましたが、この習慣は今でも抜けません」

「私は常に周囲を警戒しながら育ちましたが、この習慣は今でも抜けません」と彼は続ける。彼はキャンプの外にチャンスがあることに気づき、それをつかみ取る方法を模索した。 「幼いうちより自身を取り巻く政治・経済的状況から、企業家精神を含め多くのことを学びました。しかしこのようなスキルは実践の場で使うまで、自分に備わっていることすら認識できません」とサダムは語る。

サダムにとって、I Learnはまさに実践の場だった。彼はここで全てのスキルを発揮し、さらなる学びを得ることに決めた。「私にはお金がなく、社会的地位もありませんでした。私が投資しなければならなかったのは私自身と、幼少期に周りの環境から得た知識とスキルだけでした」と彼は言う。

   

   

I Learnとは

このプロジェクトは、非常に少ない資金でも学校外の教育現場で機能する学術支援プログラムとして開始され、非常に低予算で世界中のどこにでも簡単に実践できるモデルとなった。「 I Learnに携わることを通じて、持続可能性や社会的影響、モデルなどといった、当初は知らなかった概念を学びました」とサダムは言う。

「 I Learnに携わることを通じて、持続可能性や社会的影響、モデルなどといった、当初は知らなかった概念を学びました。」

I Learnは、空きのある公共空間で教師や大学生、子供たちを引き合わせ、「知識の場」に変えることでコミュニティを作り始めた。「私たちは、民間および公、起業家、スタートアップ企業のネットワークを作りあげ、若者がより良い雇用機会を得られるようにトレーニングを依頼しました」

「 私は、I Learnで子どもたちと協力して、この社会的な問題を解決できるとは思っていません。むしろ、仕組みを作り上げ、コミュニティの悪しき風習を打ち砕くような全体論的なアプローチが必要だと思います」とサダムは説明する。

I Learnの基本は単純だ。全ての人々を1つ屋根の下に集め、共通の目的を持つ1つのコミュニティのように感じさせるインセンティブとリソースを提供する。一度その仕組みが機能し始めると、それが普通になる。「そして、コミュニティにとってそれが不可欠となり、より多くのリソースを投入することでこの仕組みが維持され、これによって新しいコミュニティへの参入もしやすくなります」と彼は続ける。

ユネスコの本部(パリ)にて、「ヨルダン・リビア・モロッコ・チュニジアの若者を通じた暴力的過激主義の防止」プロジェクトの立ち上げに招待されたサダム

    

I Learnは2012年以来、8つのスペースを活用しながらプログラムを運営し、人々にメンターシップを提供する仕組みを構築してきた。運営に関するプロセスは記録しており、国内にとどまず新しいコミュニティにまで拡大できるコンテンツ作りが、今では可能だ。

   

   

I Learnの収益モデル

社会的企業を運営することが困難なMENA地域では、NGOか一般企業と名乗る方が簡単だ。しかしI Learnモデルには、この両方が組み合わされている。I Learnは、私立学校がアクティビティーとして活用できる有料のコンテンツを作成している。「私たちには学校側からの信頼があり、必要とされるコンテンツを提供しています。ヨルダン女性のためのマイクロファンドなど、民間と協働するCSRプログラムもあります」と彼は言う。

I Learnのモデルには、NGOと一般企業の形態が組み合わされている。I Learnは、私立学校がアクティビティーとして活用できる有料のコンテンツを作成している。

「来年は、資金を使って事業開発部門を設立したいと考えています。社会的企業は難しいモデルですが、人々のために教育とリソースを無料で提供し続ける必要があります」と彼は語る。

   

   

投資家へのアプローチ

「ヨルダンに影響力のある投資家はあまりいませんが、フィランソロピストがいます。ヨルダンのエコシステムが大きくなるにつれて、投資家も育つことを願っています」とサダムは言う。残念ながら社会的企業に投資家の目が向くことはあまりないが、スタートアップと協働する方法はある。

「例えばフィンテックスタートアップは、デジタルリテラシーがあり、アプリの使用方法や取引方法を知っている人と協働する必要があります。I Learnプログラムに投資すると、これらのスタートアップは私たちのコミュニティにアクセスできるようになります。これによりテクノロジーの教育を通じコミュニティの人々に付加価値を与えることにもなります。これが、彼らの生活を楽にするという使命を抱える私たちがスタートアップと協働する理由のひとつです」とサダムは言う。

アンマンでのImpACT会議にて

    

ブランドは信頼獲得のために数百万ドルを投資するが、例えばすでに信頼を確立している社会的企業と協働すれば、大幅にリーズナブルな価格でこれを達成できる。「すでに信頼を集めている組織とパートナーシップを結ぶことには大きなメリットがあります」と彼は付け加える。

   

   

コミュニティが元気の源

「落ち込んだりプレッシャーを感じたりするときはいつでも、ボランティアの人々と話したり、トランプをしたりします。これにより私は自分のするべきことを再確認するとともに、多くのことをこなすのに必要な元気が出てくるのです」と彼は語る。

   

   

翻訳元: https://startupswb.com/the-secret-sauce-how-to-do-good-while-doing-well-with-saddam-sayyaleh.html

記事パートナー
グローバル規模で、移民・難民出身の起業家を支援するスタートアップコミュニティ
執筆者
山崎悠介 / Yusuke Yamazaki
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