2020年末、日本経済新聞に「スポーツテック」の文字が踊った。「スポーツテック市場、年40%超す成長」。
スポーツや新技術がみせる世界に興味がある人には、つい読まずにはいられないタイトルだ。成長の理由と内容はどのようなものだろうか。
スポーツテック(SportsTech)とはスポーツとテクノロジー(技術)を掛け合わせた造語であり、スポーツテックは、運動や競技にテクノロジーを取り入れることやその技術を指す。
「〜〜テック」という造語は各業界、各分野に存在している。知名度が高いのはヘルステック、フェムテック、エドテックあたりだろう。それぞれ、英単語を掛け合わせて作られた造語だ。ヘルステックは医療や健康(health)とテクノロジー、フェムテックは女性の医療や健康(female health)とテクノロジー、エドテックは学習(education)とテクノロジーから作られている。いずれも海外でも同じように使われており、各分野にスタートアップ企業も多数存在する。
スポーツテックが盛り上がりを見せる理由は3つ。スポーツ産業は成長し続け、儲かる分野であるため投資も盛り上がりつつあること、スポーツ産業やヘルスケア産業に導入できる新しいテクノロジーが多数あることを挙げる。
2015年、スポーツ関連スタートアップ企業への投資は合計で24.3億ドルにのぼった。
デロイトが2017年に発表したスポーツテックのレポートによると、その当時、イスラエルがスポーツテックスタートアップのハブになることを目指し、スポーツテック分野への参入を強化していた。
2018年にはスポーツ関連企業によるVCからの資金調達額は合計25億ドルを超え、さらに、2024年までにスポーツテック分野は300億ドルに達すると予測されている。
Queue社が提供する海外スタートアップ企業データベースSUNRYSE.(サンライズ)では、2021年1月現在、スポーツ関連スタートアップ企業が約100社、ヘルステックスタートアップは約800社紹介されている。このことからも、世界に数多くのスポーツ関連スタートアップ企業が勃興していることがわかる。
スポーツは、取り組む人も観戦を楽しむ人も多く、巨額の資金が動く。
スポーツ産業はどの程度の規模があるのか。
以下はKEARNEYによるレポートからの引用だ。
2014年のスポーツイベントの市場(チケット、メディアの権利、スポンサーシップからの収益)は800億ドル近くの価値があり、年間7%の目覚ましい成長が見込まれます。スポーツ用品、アパレル、設備、健康とフィットネスへの支出を加えると、スポーツ産業は年間7,000億ドル、つまり世界のGDPの1パーセントを生み出す。
スポーツ産業は一国のGDPと同程度の額を生み出している。つまり儲かるのだ。スポーツ産業は右肩上がりでの成長を続けている(2005〜2017年)。
ワールドカップやオリンピックで動く金額はスポーツビジネスで動く金額の一部にすぎず、国際大会の背後には細かく枝分かれしたビジネスの中で大きな金額が動いている。
日本のスポーツ産業は2002年に約7兆円、そして2012年には約5.5兆円と減少傾向にあった。しかし2015年、日本にスポーツ庁が設置された。翌2016年にはスポーツの成長産業化が政府の掲げる「官民戦略プロジェクト10」のひとつとして採用された。現在、2025年に15.2兆円の市場規模拡大を目指している。
アメリカでは2016年時点のスポーツ産業規模は約50兆円程度と試算されている。
日本のプロ野球、読売ジャイアンツのビジネスモデルと金の流れを例に出そう。彼らのビジネスモデル / 理念は、売り上げを立て、経費を差し引き、利益を生み、その利益をさらに売り上げのために投資、これを繰り返すことだと掲げられている。
売り上げの柱はチケット収入と放映権料が大きく、その他にグッズ販売の売上やスポンサーからの収入、さらにファンクラブやジャイアンツアカデミーと呼ばれる子供たちへの技術指導からの収入もある。売り上げは、費用である選手年棒、興行経費、球場使用料、チーム運営費、会社管理費などに使われ、差し引いて生み出された利益が投資に回っている。
冒頭で紹介した日本経済新聞「スポーツテック市場、年40%超す成長」によると、「米メジャーリーグでは1970年代、選手の評価基準が「勝負強い」などの印象重視からデータ重視に変わった」という。
日本でも運動部出身の人材に対して「体育会系」と称するような言葉がある。目上の先輩や教師への服従、根性論などを尊ぶ精神面での気質のことを指すだけでなく、見た目がたくましそうであり、声が大きく、威勢の良い印象を抱かせる人材のことを指すような使い方もされる。
しかしチームプレーの競技は、1人の体育会系スター選手の活躍だけで勝利を導けないこともある。体格に恵まれ、威勢の良い選手が揃っていたらチームが勝利を収めることができるかというと、そうとは限らない。
選手1人で臨む競技も、対戦相手がAの技を出してくるならばこちらはBの後にCの技を出す、序盤はこのペースを保ちスタミナを残し、中盤以降にペースアップする、など適切な戦略やそれを導くためのデータ分析が必要になることもある。
革新的な技術に頼ると、人間の生活はより良いものになる。スポーツも同じく、新しいテクノロジーを導入すると、競技をするのも観るのも、より面白くなる。
スポーツに技術が取り入れられ活躍している好例の一つ目は、カメラだ。日本のプロ野球におけるビデオ判定やテニスの試合で使われる「ホークアイ」は、なくてはならない存在である。
また二つ目の事例として、2000年台のアメリカ・メジャーリーグベースボールのオークランド・アスレチックスでの実話を基に制作された映画「マネー・ボール」を挙げたい。野球のチーム組成と戦術に統計学的手法を導入する様子を描いた作品であり、厳密には「技術の導入」ではないが、流用できる知識をうまく活用した好例と言える。
三つ目の事例に、サッカーの分析官向けツール「PitchBrain(β版)」を挙げる。プリファードネットワークスと博報堂DYホールディングスの事例だ。
こちらの2社は2017年12月より資本業務提携を実施、2019年からは博報堂DYグループのスポーツテクノロジーの研究と新規事業開発を目的としているSports Technology Lab’、そして同グループのスポーツデータビジネスを推進するデータスタジアムと提携し、深層学習技術を用いたスポーツアナリティクス領域のプロダクト開発を進めている。
以下は『Learn or Die 死ぬ気で学べ(株式会社KADOKAWA)』からの引用だ。
「これまでスポーツの解析や判断は人間の経験値や感覚に委ねられる部分が多かったが、深層学習技術を活用することで革新的なスポーツアナリティクスソリューションを開発することができると考えて」いると言う。
「コンピュータは、同時多発的に発生する複雑な状況を捉えて瞬時に分析することができる。人ほど深い分析はできないが、人よりも多様な情報を大量に取り入れて分析することができる点が強みだ。その技術でピッチの状況を判断し、どこにボールを蹴るべきか、どの選手が最も大きな影響力を持っているかを分析官に提示する。オフザボール(ボールを持っていない人)の状況も把握して戦況判断に生かす。分析官はそれらの情報を使って、判断の助けとする。
深層学習の力を使うことで、人の能力を拡張することができると考えており」とある。
これら三つの事例は歓迎されざる変化だろうか。そのようなことはない。スポーツとテクノロジーが出会うと、プレイヤーもオーディエンスも、スポーツをより楽しむことができるようになる。
スポーツテックの周辺にも課題があり、その解決のためにテクノロジーが使われる。
例えばスポーツにおける課題に、スタジアムの周辺環境の悪化が挙げられる。国土交通省は「サッカーや野球などのスポーツ観戦に行ったことのある方や、スタジアムの周辺にお住まいの方は、試合後の交通渋滞を目撃、もしくは巻き込まれた経験があるのではないでしょうか。」と課題提起をしたうえで、無断駐車なども社会問題であるとし、要因として自家用車での来場を挙げる。
しかし野球やサッカー、この2種目以外にも、スポーツの試合を実施する場合にはスタジアムや体育館など広大な面積を必要とし、広大な面積が確保される場所は郊外にあることも多い。不便さから自家用車などが使われる。 あるいは、国立競技場や武道館のように首都圏都心部に位置する施設は、収容人数の多さからプレイヤーやその応援サポーターなどの来場により周辺の交通環境を悪化させる。
しかしこれらの課題に対してソリューションを提供するスタートアップは国内外に存在しており、スポーツスタジアムの周辺環境改善や、それにより二酸化炭素の排出量削減などを実現する。
プレイヤーの家族や応援サポーターのストレスが減りスポーツに熱狂しやすい環境が整備されるのは何よりだ。
技術の発展とともに一般人も自分の健康を管理できるようになり、歩数、心拍数、消費カロリー、睡眠時間などは腕時計型デバイスとスマートフォンさえあれば管理できるようになった。
健康管理に従事する医師や医療従事者、専門家たち、そして彼らの扱う機械や器具だけでなく、手軽に購入することのできるデバイスを活用し、健康維持の指標にすることができる。
NBAは選手に指輪型のデバイスを着用させ、パフォーマンス管理に役立てるなど、プロアスリートも有用なテクノロジーを活用している。
https://sunryse.co/app/startups/r_yivecvpfkfrlemj
健康維持にも「ヘルステック」や「フェムテック」などテクノロジーが活用されヘルスケア産業が進化し、プロアスリートも、プロではないスポーツを愛する人々も、身体の状態をより正確に記録したり、把握したりできるようになった。
ヘルスケア産業の進化が、スポーツをより進化させているとも言える。
老若男女がスポーツを愛し、取り組んでいる。ここでは日本の企業が取り組むスポーツ関連事業を紹介する。
サントリーホールディングス株式会社
自社スポーツチームの保有ほか、スポーツ事業への支援を行なっている。
同社は社会人ラグビーチーム、社会人バレーボールチームを有するほか、日本女子プロゴルフ協会公認の女子ゴルフトーナメントの主催、野球イベントの開催、また、東日本大震災復興支援活動の一環としてアスリートの支援や、東北の子供たちを中心にスポーツ体験教室などを開催している。
参天製薬株式会社
同社は「すべては目の健康のために」と掲げ、製品開発に取り組んでいる。
2017年、同社は日本ブラインドサッカー協会(JBFA)とパートナーシップを締結し、さらに2020年には2030年までの10年間にわたるパートナーシップ契約を更新した。
日本国内のスポーツ業界で10年という期間のスポンサー契約は異例として、契約後、メディアの注目を集めた。同社は日本経済新聞社の取材に対し、創業130周年を迎えたこと、長期ビジョンの中に「多様性」を組み込んだこと、これまでもスポンサーとして支援をしてきたがそこからもう一歩踏み込みたいとしていることなどを語っている。男子代表、女子代表の両方を支援していく。
大塚製薬株式会社
大塚製薬は、公益財団法人日本スポーツ協会と連携、全国約17万人の「公認スポーツ指導者」に対する養成講習会や研修会等において、同社の研究所で見出した最新の知見や研究データ等を基に、スポーツ栄養に関する情報提供を行っている。
大正製薬株式会社
2001年よりラグビー日本代表を支援。また2013年より一般社団法人を通じてプロ野球ドラフト会議へ協賛を実施している。
味の素株式会社
国立トレーニングセンターに「味の素ナショナルトレーニングセンター」と同社の名が冠されている。運用は公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)が行なっており、利用はプロアスリートに限定される。施設内には潤沢な設備ほか、食堂には管理栄養士が常駐する。
株式会社ニップン
子会社としてニップンスポーツ株式会社を保有している。同社は、地域の社会体育やスポーツ振興を目的としスポーツジムの運営などを行なっている。
日清製粉株式会社
公益財団法人日本バレーボール協会・V LEAGUE DIVISION1・ジャパンビーチバレーボールへの支援、そして子供たち向けの野球教室の開催などを行なっている。
株式会社明治
同社は、日本女子プロゴルフ協会公認による女子プロゴルフトーナメントのひとつである北海道 meiji カップの特別協賛を実施。同社が協賛する団体や活動は他に、一般社団法人日本パラ陸上競技連盟、一般社団法人日本ボッチャ協会、財団法人日本レスリング協会、公益財団法人 日本バレーボール協会、公益財団法人 日本体操協会、そして野球日本代表「侍ジャパン」がある。
いずれもスポーツテックの事例ではなく、主に資金面での支援およびイベントの協賛や共催だ。しかしながらこれからスポーツテックが進化すると共に、大企業などによるスポーツ支援のあり方も変わると見込まれる。テクノロジーを活用する新しい支の形も生まれるだろう。
その変化の波を捉えるため、現在は大企業はどのような形でスポーツ事業を支援しているのかを理解したい。
世界中に、スポーツとテクノロジー、ヘルスケアとテクノロジーを掛け合わせて確信的な取り組みを行おうとするスタートアップ企業が存在する。
スポーツ観戦者のエンゲージメントを測るマーケティングツールを提供 アメリカ発スタートアップ
https://sunryse.co/app/startups/r_arryenuovypsxjv
フィットネス体験のデジタル化を図る 世界50カ国以上の国でジムやフィットネスクラブにソフトウェアソリューションを提供するポーランドのスタートアップ
https://sunryse.co/app/startups/r_ihobleaehitaehh
VR技術を活用したサッカーのトレーニングプラットフォーム
https://sunryse.co/app/startups/r_krqqoaahrfrcnyn
布製のウェアラブルモニタリングシステムで継続的な非侵襲モニタリングを実現するスマート衣装を製造・販売するイタリアのスタートアップ
https://sunryse.co/app/startups/r_zjvjrcifjmzuxry
スイス発 運動時の動きを検知し分析するモーションセンサー
https://sunryse.co/app/startups/r_glkmydrtniwyody
機械学習を通してそれぞれのユーザーに適切なランニングコーチングを提供するフランスのスタートアップ
https://sunryse.co/app/startups/r_yvylcfnhtkjmpds
アプリとの連携で射撃の腕を改善、スロバキア発のスタートアップ
https://sunryse.co/app/startups/r_rmvmfsaqlnupops
姿勢を監視するパーソナルコーチとしての役割を持ち、一人では困難な姿勢改善をサポートするウェアラブルセンサー
https://sunryse.co/app/startups/r_aojukoplzqvuqbb
女性アスリート向けの練習トレーニング管理アプリを開発提供するアメリカ発のスタートアップ
https://sunryse.co/app/startups/r_zaambfxhsbfidsg
高校生にバーチャルアクティビティを無料で提供するシカゴ発のスタートアップ
https://sunryse.co/app/startups/r_ttsmuwlxedmkymc
これらの企業は海外スタートアップ情報データベースSUNRYSE.からの紹介だが、同サービスではスポーツテック関連スタートアップで約90社、ヘルスケア・医療関連スタートアップで1000社を超えるスタートアップ企業を紹介している。
スポーツテックやヘルステック、もしくは新規事業やM&Aに関わる人は知っておきたいスタートアップ企業ばかりだ。
スポーツ産業の市場は拡大し続けており、2021年1月現在、2020年に開催予定であった東京オリンピックの延期や中止などは不透明である。 COVID-19の収束までのストーリーやオリンピック開催可否に関する結論は、まだ誰にも判断できない。
しかしながら、2020年以降のオリンピックがどうなろうと、スポーツ産業は成長し続ける。「eスポーツ」など新しい「スポーツ」も生まれており、ここの産業規模も拡大傾向にある。
スポーツ産業の発展と、テクノロジーの導入による裾野のさらなる拡大、そしてスポーツ産業が多様に変化し、より多くの人が楽しめる真剣勝負であり娯楽になる未来が楽しみだ。スポーツテックスタートアップの活躍にも期待したい。
SUNRYSEは組織をアップデートし続けるための世界のイノベーション情報データベースです。最先端の海外スタートアップ情報を得ることができます。導入企業ではDX・新規事業・経営企画・人材育成・オープンイノベーションにご活用いただいています。
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執筆:古川 絵理