南米のフィンテック事情:ソフトバンクの投資は「創造」か「破壊」か?

2019年巨額の損失を計上したソフトバンクビジョンファンド。2020年には体制を立て直し、ラテンアメリカで新たなファンドを立ち上げようとしている。その投資はラテンアメリカ、特にそのフィンテック業界にどのような影響を与えるのだろうか。
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(1)ラテンアメリカに接近するソフトバンクファンドの影

政治、サッカー、直近のテスラ株価の全てに共通する点はラテンアメリカ最大の国外投資ファンド「ソフトバンク」である。ソフトバンクについて言及する前に、彼らに振り回されるかもしれないことを覚悟しておくべきだろう。

ソフトバンクの創業者兼CEOである孫正義は、ドットコムバブル以前から、テクノロジーが人類の将来で支配的に重要であることを信じていた。近年彼は悪名高き1000億ドルのビジョンファンドをもって、世界中のテックベンチャーに投資をしている。

去年、孫正義はラテンアメリカのみを対象とした50億ドルのファンドを立ち上げた。ビジョンファンドの1000億ドルという途方もない額に比べると、ちっぽけな数字に聞こえる。しかし、ラテンアメリカのVCが去年一年間に投資した総額が46億ドルであった。改めて、50億ドルという数字はどのように聞こえるだろうか?

あなたがなんと考えようとソフトバンクは今後数年でラテンアメリカ地域に、地域のVC産業規模の2倍のお金を投じる計画である。このような規模の投資は必ずや地域のテックベンチャー勢力図を根本的に変えるだろう。中でも特にフィンテック業界は大きく影響を受けるだろう。

なぜならフィンテック企業はローンチするまでに比較的巨額の投資が必要だからだ。

「Konfios」と「Clips」にとってソフトバンクのいわゆるラテンアメリカファンドと結託することは、重大な分岐点となるだろう。孫正義の投資によってラテンアメリカのフィンテック産業は急成長を遂げるかもしれないし、フィンテック企業の価値がインフレーションを起こして、価格競争が激化するだけかもしれない。

孫正義の投資はラテンアメリカのフィンテック市場を宝石の山に変えるのか、それとも死の闘鶏場へと変えるのだろうか。

 

 

(2)ソフトバンクの巨額の資金は良いことばかりなのか?

外国からの投資は常に喜ばしいものだ。特にラテンアメリカのように注目を集めたい有望な成長市場はなおさらだ。しかし、すぐに喜ぶのは早計だろう。Uber, Rappi, DiDiへの投資の例に見られるように孫正義の投資にはリスクがある。

通常ベンチャーキャピタルは自身の利益に相反しないように、競合他社に投資をしない。確かに場合によっては、同一業界で1つ以上の企業に投資することもあるが、それらはアーリーステージのベンチャーでかつリスクヘッジのために最小限度の投資にとどめられる。もしいずれかの企業が失敗に終わったとき、勝ち抜いたライバル企業で損失が補償される。

しかしながら、ソフトバンクは極端に行動している。白地式小切手を一番の競合に送り付け、企業どうしを猛烈に競わせるのだ。

 

2019年ソフトバンクは10億ドルをRappiに、16億ドルをDiDiに投資し、そしてUberがIPOしてからはUber最大の株主になっている。

ウォールストリートジャーナルによると、この戦略はラテンアメリカのフードデリバリー産業の価格競争を加速させている。Uber, DiDi, Rappiは新たに獲得した資金で、互いの喉元に爪痕を残した。孫正義は地域に「cluster of #1s」を作ることを試みている。彼はラテンアメリカ市場で多様なビッグプレイヤーが共存できると考えている。

しかし、ウォールストリートジャーナルはこの戦略が裏目に出ることの可能性を示唆している。ソフトバンクの投資により、スタートアップは利益を出すことに注力すべき段階で他のことに注力してしまう可能性があるのだ。

もしソフトバンクがビジョンファンドの失敗から学ぼうとしなければ、ファンドが資本を注入し始たところで、前述のような衝突がスタートアップ界に浸透してしまう。

  

  

(3)ソフトバンクの投資はラテンアメリカのフィンテック業界に破壊的な影響を与える可能性

ソフトバンクの投資がラテンアメリカのフィンテック業界のカオス性を増大させる理由は2つある。

第1にフィンテック産業は他業種よりも使用する資金が多いため、ソフトバンクが投資した資金は地域のトッププレイヤーに流入する。第2にラテンアメリカは歴史的に金融が不安定であったため、悪い投資がなされることで、他の競合やネットバンクが倒産する可能性もあるのだ。フィンテックを推し進めながら、金融が10年後戻りする可能性もある。

  

フィンテック企業を設立する際に1番大事なことは「お金」である。

デジタライゼーションによって設立のコストが減ったにも関わらず、現実には設立のために金融業の規制当局から賛同を得る必要がある。その賛同を得るためには「お金」が必要なのだ。

フィンテックの規制は地域全体で首尾一貫している訳ではない。規制当局はクラウドファンディングやブロックチェイン、デジタル通貨に目を向け始めている。

IMFのワーキングペーパーによると、メキシコは2018年にフィンテックの法律を制定し、ブラジル国立金融会議(National Monetary Council)はフィンテック企業が金融業に参入できるように機会を設け、コロンビアは暗号通貨を成長の軸と位置づけた。

地域によって政策が異なることで、例えばある地域では低価格にP2P貸金業を始められる。

ブラジルではP2P貸金業を始めるための最低限の準備金が100万BRL(17万5千ドル)であるのに対して、メキシコでは25万ドル、コロンビアでは5万ドルに設定されている。

 

概してフィンテックは他のスタートアップ起業より設立時にお金がかかる。だからこそ適したファンドから資金調達をすることは成長のために肝心なのだ。孫正義から資金投資を受けたフィンテック企業は競合に対して、圧倒的な競争力を得るだろう。それは他企業が開花し、芽吹くことの妨げにもなる。デジタル銀行は強いネットワーク効果と、顧客の固定性があるため、先行企業は業界内での支配的地位を何年にも渡って保ち続けるだろう。

 

ソフトバンクビジョンファンドは2020年3月に177億円もの損失を計上した。その半分近くがたった2つの会社から計上されたものだ。孫正義はフォーブスのインタビューで投資した会社のうち15社が、新型コロナの影響で倒産するだろうと述べている。

これらの損失はラテンアメリカ以外で起きたものだが、ビジョンファンドのこのような歴史はやっかいなものだ。もしフィンテックも同じような運命に陥るならば、ラテンアメリカの人達は怯えて、競合銀行にある口座を「安全な」銀行に移し替えるかもしれない。ラテンアメリカは歴史的に、または現在進行形で不安定な金融に苦しめられてきた。アルゼンチンでは今でもインフレーション率が40%ある。メキシコペソは2009年以降3桁の価値下落を経験している。ウルグアイの2002年銀行危機では失業率が16%急上昇した。コロナパンデミックはさらに状態を悪化させ、成長率は歴史的に低くなっている。ラテンアメリカのこのような険しい金融状況の過去は、一般的なラテンアメリカ人に一種のPTSDを植え付けている。誰かが銀行取り付けや債務危機の噂を聞くと怯えるのだ。

 

フィンテックの普及がまだ初期段階にあるため、ソフトバンクに代表されるようなリスキーな投資は、インフレーションを起こしているデジタル銀行を倒産へと導く。これに人々は怯えて、他の金融チャネルから遠ざかろうとするだろう。

孫正義がラテンアメリカでギャンブルをすることで、ソフトバンクについてのネガティブな見出しが新聞に載るだろう。加えて、ラテンアメリカのフィンテック定着を数年遅らせる可能性もあるのだ。

  

  

(4)ソフトバンクの投資がラテンアメリカ・スタートアップを急成長させる可能性

孫正義が触れたものが全て壊れる訳ではない。ソフトバンクの巨大な資金は成長を待ち望みつつも資金不足であったラテンアメリカのVC産業に、スタートアップの新たな波を起こすだろう。また、現在のソフトバンクの戦略はビジョンファンド時の投資戦略と異なる。

内部の情報筋によると、ソフトバンクはラテンアメリカローカルのVCと提携して、ラテンアメリカ市場に進出する計画のようだ。Andre Macielは2019年末のブルームバーグのインタビューで、この友好的な進出の理由を次のように述べている。「ラテンアメリカのファンドはノウハウ、時間やネットワークを持ち合わせておらず、ラテンアメリカの有望な小さいスタートアップを見つけられていなかったのだ。」

多様なチャネルを通して、ソフトバンクが地域のイノベーションを育成することは、ラテンアメリカのファンドにとっては小さ過ぎるスタートアップの種に水をまくことに繋がる。やがてはラテンアメリカの他のファンドも投資できるくらいまで成長していく。ソフトバンクがそこまでスタートアップを引き上げることで、投資のスピードは一層加速する。

 

孫正義と彼のボリビア人のCOO(Marcelo Claure)はすでにブラジルの「Valor Capital」と手を組んで、投資戦略の策定に取り掛かっている。(Valor Capitalは4つのファンドから成り立ちブラジル、アメリカ、アルゼンチンのKaszek Venturesにフォーカスしている。)

この同盟の成果はすでに目に見えている。「Valor Capital」が認めたGympassという会社はソフトバンクから3億ドルの投資を受けている。同時に「Kaszek」とは共同で「Volanty」に1780万ドル投資した。

 

数か月以内にソフトバンクは5億ドルを他10個のスタートアップに投資しようとしている。

しかし、ラテンアメリカのベンチャーキャピタルから押し戻しを食らう可能性もある。日本の巨大なコングロマリットと提携することで、市場から一瞬の間に追い出されるかもしれない訳で、そのような提携は悪魔と手を結んでいるようにも見えるのだ。自分の国のGDPの10分の1にも及ぶ額の「罠」を持った従順そうな日本人と手を組むことは恐ろしい。

大局を見渡すためにいくつか数字を見よう。2019年コロンビアでは計36回で、累計10.9億ドルが投資された。ソフトバンクはRappiに1社のみで10億ドルを投資した。

ブラジルのVC「Monashees」はフィンテック企業の「neon」とバイクレンタルアプリの「Yellow」に投資をしていたが、ソフトバンクとの提携を断っている。

  

  

(5)ソフトバンクの投資は表が成長、裏が破壊のコイントスである

ソフトバンクは「破壊者」としてその名をとどろかせている。そして数年で、ラテンアメリカのフィンテック産業を必ずや破壊するだろう。

孫正義の介入はフィンテック企業にとって特別重要であり、P2P貸金や暗号通貨、支払いプロセッサといった伝統的フィンテックの普及に大きな影響を与えるだろう。

 

フィンテック起業家の2つの悩み(資金調達とグロースハック)を解決することができれば、孫正義もラテンアメリカのフィンテックを長期的に変えることができるだろう。もし孫正義が2019年のビジョンファンドの大失敗に恐れをなしていれば、ラテンアメリカのフィンテック産業は大きな発展を迎える。

逆にもしボリビア人COOの言うことや地域のパートナーVCの助言に従わない場合、彼のこれからの失敗はラテンアメリカのフィンテック産業に深い傷跡を残すだろう。

  

  

翻訳元:https://contxto.com/en/the-exclusive/softbank-latin-america-fintech/

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