大躍進中のフードテック:味への探究に情熱を注ぐシンガポールの人々

シンガポールでは政府や投資家がフードテックに高い関心を寄せている。同国発のスタートアップがこだわる味への探究と、最新の技術をご紹介する。
飲食 食品 研究機関

シンガポール人の食への関心は非常に高い。言うまでもないが、他の先進国と同様にシンガポールでも、健康と環境への影響の両面から「正しい」食生活への意識が高まっている。

ベジタリアンやビーガンの需要は急増しており、全粒粉のパンや玄米など、より健康的な代替品の消費も増えている。これは、食品生産の環境コストに対する意識の高まりや、糖尿病や高血圧に対する積極的な公衆衛生のキャンペーンによって推進されている。

しかしその一方で多くの人々が日々の食事を大きく変えることを躊躇しているのは、シンプルに味の面で抵抗があるからだろう。そこで今回は、シンガポール発のスタートアップである「Alchemy Foodtech」「NamZ」に、それぞれが開発している食品技術についての話を聞いた。

1.デンプンに目をつけたフードテック

食事に全粒の穀物を多く取り入れることは、コレステロール値や2型糖尿病の発症リスクの軽減など、健康上に多くの利点がある。全粒粉に含まれる炭水化物は、白米やパンによって精製されたものよりもゆっくりと消化されるため、食後に血糖値が大きく変わることなく、徐々に血糖値を上げる働きをもつ。

「Alchemy Foodtech」の共同設立者でチーフフードファイターであるVerleen Goh氏によると、全粒穀物の製品は、米やパンなどの従来精製されたものに比べて、味や食感が劣るという。その結果、チキンライスやカレーといった人気のあるシンガポール料理の多くは玄米との相性が悪く、日常的に取り入れるのは難しい。

そこで「Alchemy Foodtech」は、従来の炭水化物と同様の味で、消化の速度を全粒穀物と同じくらい遅くできる成分を開発した。「Alchemy Fibre」と呼ばれるこの成分は、エンドウ豆やトウモロコシ、タピオカや豆類などの植物から抽出されており、レシピ上では小麦粉の代わりに部分的に使用できる。「私たちは白米やパンの味を求めている消費者を対象にした製品を作り、同時に、グルコースの循環を遅らせるという利点も備えることができた」とGoh氏は語る。

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米やパン、麺類などの主食をターゲットにするというアイデアは、糖尿病患者のためのフードイノベーションに関する研究から誕生した。「糖尿病患者向けの食品イノベーションのほとんどは、主に菓子や人工甘味料の分野で起こっていることに気がついた。2型糖尿病患者は少し年配の方が多く、実際にはそれほど多くのお菓子を食べない代わりに米を多く消費する」とGoh氏は言う。

そこで「Alchemy Foodtech」の創設者たちは、主食をターゲットにすることで、糖尿病患者と非糖尿病患者の両方に大きな違いをもたらすことに着目した。Goh氏は「私たちは毎日デザートは食べないが、主食は毎日大量に消費している」と話す。

「Alchemy Foodtech」は「Gardenia bread」や「Kang Kang noodles」、そして「 Lim Kee steamed buns」などの食品メーカーをはじめ、様々なレストランやベーカリー、カフェなどの既存商品に「Alchemy Fibre」を取り入れるための働きかけを行っている。業界の様々なパートナーと協力しながら「Alchemy Fibre」を使用した商品が既存の商品と同じ食感であることを検証するため、圧力をかけて食品の硬さなどを測定する分析装置を活用している。

Goh氏はブランドの認知度を高め、消費者に同社の使命を伝えるために、メーカーに「Alchemy Fibreを使用した製品」というラベルを貼ってもらうことを考えている。製品の第一弾は、2020年6月に発売される予定である。

2.持続可能なバンバラマメ

シンガポール発のフードテックスタートアップである「NamZ」は、エコロジーを日々意識する消費者に向けて、味も変わらず、より健康的で持続可能な代替品を開発することを目的としている。

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同社が手がけた最初の製品は、独自の技術で作られた低脂肪の即席麺である。揚げ物の代わりに天然のオイルやスパイスがブレンドされている。

「NamZ」のストラテジストであるMark Lim氏は「誰もが即席麺の揚げたての味に慣れている。そのため、風味を落とさないように工夫しながら、私たちは脂肪分の70%の削減に成功した。そして従来の即席麺と同じように、やみつきになる味を実現した」と語る。

揚げ物の工程を省くことで、従来とは異なる作物を麺に取り入れられるなど、他の利点もある。「バンバラマメ」やモリンガといったインドやアフリカでよく見られる作物は、すでに「NamZ」の麺の一部に含まれており、栄養価が高い作物として注目を集めている。

「揚げ物は高温で短時間で加工されるため、バンバラマメやモリンガのような食材を生地に入れようとすると、その過程で多くの栄養素が失われてしまう」とLim氏は話す。しかし同社の技術を活用すると、マクロな栄養素や微量の栄養素もすべて保持されるという。

「フューチャーフィット作物」とは、栄養分を多く含み、乾燥地帯にも強い作物を示す。そのため国連をはじめとする専門家の間では、将来的な持続可能な食糧システムの鍵を握る作物として注目されている。

例えばバンバラマメは、炭水化物やタンパク質、脂質のバランスが良く、乾燥した土壌でも育つ。ガーナなどのアフリカの半乾燥地域に自生しており、現在「NamZ」は同地域からバンバラマメを調達している。

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「NamZ」の麺類は小麦を主な原料としたものが多いが、今後はバンバラマメを主原料とした幅広い食品の開発を計画している。スープやフムス、そして乳製品の代替品だけでなく、醤油の代替品も開発中だという。

同社は生産を拡大するために、東南アジアの劣化した土地を活用する計画も打ち出している。これ以上栽培ができなくなったパーム油のプランテーション地を利用して、バンバラマメを栽培するため、パーム油会社との協議も行っている。「バンバラマメはマメ科の植物であるため、窒素を結合させて土壌を若返らせることができる」と、「NamZ」のリサーチ研究員であるMargit Langwallner氏は言及する。

味はすべての製品にとって、重要な考慮事項であることに変わりはない。最も健康的で、最も環境に優しい即席麺を作ることはできても、味が美味しくなければ誰も興味を持たないだろう。そこで「NamZ」は、従来の揚げた即席麺の味と食感を模倣させた製品の開発に取り組んでおり、2020年の第2四半期には、消費者向けに初の製品を発売する予定である。

3.投資家と消費者のフードテックへの関心

シンガポールではここ数年、フードテックが投資家から大きな注目を集めている。政府が主導する「Innovation and Enterprise 2020 (RIE2020)」プランの下、食品関連の研究開発には1億4400万シンガポールドル(1億100万米ドル)が配分された。政府所有の投資会社である「Temasek Holdings」も、過去5年間で50億米ドルを農業食品分野に投資したという。

フードテックへ向けられている関心は、食料自給率の向上と、糖尿病のような健康問題の予防に起因している。2017年には18歳から69歳までのシンガポール人の約43万人、およそ14%がプレ糖尿病と診断されている。「Alchemy Foodtech」のGoh氏によると、同社は政府出資の助成金な合計約100万シンガポールドル(約70万米ドル)を受け取っているという。

特にこの2年間は、シンガポールを拠点とするアグリフードに特化した投資会社「Food Ventures」「Germi8」、そして「VisVires New Protein (VVNP)」などが設立され、シンガポール初のフードイノベーションインキュベータである「Innovate 360」もオープンした。シンガポールで最も歴史のある砂糖メーカー「Cheng Yew Heng」が設立した「Innovate 360」は、食品製造の施設を提供するだけでなく、アーリーステージのフードテックスタートアップに対して、ビジネスネットワークや様々な流通チャネルへのアクセスを提供している。

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ビジネスを成長させたいと考えているスタートアップ企業は、「AgFunder」とニューヨークを拠点とする「Big Idea Ventures」と運営する、代替タンパク質アグリフードテックのアクセラレータープログラムにも応募できる。これらのアクセラレータープログラムは、事業を拡大するために必要な施設や資金、メンタリングの機会を提供することで、レイターステージのスタートアップを支援することを目的としている。

もちろん、フードテックのスタートアップは、業界に特化した投資ファンドに限定する必要はない。「NamZ」は同社のビジネスによる社会的インパクトが評価され、2019年に「DBS財団」の社会的企業に向けた助成金を獲得した。同じ助成金スキームでは、同年に9社の社会的企業に合計130万シンガポールドルが授与されている

資金調達だけでなく、「Alchemy Foodtech」と「NamZ」は企業間(B2B)ビジネスで成功を収めてきた。今年は初めての消費者向け製品の発売を控えている。両社にとっては、自分たちが掲げるミッションと価格帯が、一般的なシンガポール人にとって魅力的かどうかを見極める重要な機会となるだろう。

翻訳元:https://e27.co/same-same-but-different-how-local-foodtech-startups-are-driving-singapores-public-health-goals-20200513/

記事パートナー
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執筆者
土橋美沙 / Misa Dobashi
Contents Writer
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