新型コロナウイルス感染症が引き起こしたパンデミックは、観光業界に大きな影響を与えている。国連世界観光機関(UNWTO)は現状を「前例のない大きな打撃」と表現した。しかし2020年末に向けて、シンガポールを含めた様々な市場では、業界関係者が観光需要をピークまで戻すための努力を始めている。
もちろん世界のテック系スタートアップも、この動きに貢献しようと試みている。そこでまずは、シンガポールの観光業界の現状や今後の方針について理解するため、シンガポール観光局の最高技術責任者代理であるPoh Chi Chuan氏に書面インタビューを行った。
シンガポールでは現地の観光やライフスタイルビジネスを盛り上げるために、「SingapoRediscovers」など国内向けのキャンペーンを実施している。これは、2018年にシンガポール人が海外旅行に費やした340億シンガポールドル(250億米ドル)を国内消費に回そうと考案されたキャンペーンである。
ホテルやアトラクション、ツアーやMICE、そしてクルージングに至るまで、様々な観光セクターでは営業の再開にあたって、安全が確保されたアプローチを取り入れている。また、シンガポール・ツーリズム・アクセラレーターをはじめとする様々な取り組みを通じて、旅行業界ではデジタルトランスフォーメーションの導入が促進されている。このデジタルトランスフォーションに関しては、地元や世界のスタートアップが貢献できる部分と言えるだろう。
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Poh氏は「観光業界をめぐる環境はとても複雑だ。業界のステークホルダーは、デジタル関連の技術的な混乱だけでなく、目まぐるしく変化する観光客のニーズや、観光客からの高い期待に直面している。特にシンガポールでは人手不足が課題をさらに悪化させている」と指摘した。
「私たちは業界の様々な関係者と密接に協力して、業界のための新しいソリューションの開発、そして実施に向けて、多くの企業をサポートしている。例えばアクセラレータープログラムを通じてスタートアップにも機会を提供し、革新的なプロジェクトのサポートも手がけている」。
安全性と健康関連の注意が最も大切なポイントとなるコロナ禍において、シンガポールの観光産業の活性化に尽力するスタートアップも登場している。
まず一社目は、チェコ発スタートアップである「SmartGuide」である。
「より多くの人が主要な観光地以外に個人旅行をするようになれば、観光はより安全で持続可能なものになり、すべての人にとって楽しいものになる」と、「SmartGuide」の最高事業開発責任者で共同設立者のVáclav Jurčíček (Vaclav Jurcicek)氏はe27のインタビューで語っている。
「SmartGuide」は、スマートフォンを通じてパーソナルガイドのサービスを提供するスタートアップである。位置情報システムとARを活用したナビゲーションを活用して、個人の安全な旅行をサポートしている。
同スタートアップはシンガポールの国家遺産局(NHB)と共同で、オーチャードロードやリトルインディア、そしてバレスティアの観光を楽しむために、音声やARを使用したデジタルセルフガイド付きのトレイルガイドをデザインしている。このプロジェクトは地元の人々を対象にしており、マルチメディアコンテンツで楽しみながら遺産の魅力を発見してもらうことを目的としていた。
NHBは新型コロナウイルス感染症によるパンデミックにより、博物館や遺産機関への訪問者数の減少という課題に直面している。そこでNHBは、スタートアップなどと提携し。デジタルやバーチャルなフォーマットでより多くのプログラムや商品を提供することを目指している。
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大の旅行好きのチームによって2016年に設立された「SmartGuide」は、設立からわずか2年で25の世界の観光地を対象にしたアプリを展開。同社のアプリは、カンボジアのアンコールワットで最も人気のあるアプリの一つにまでなった。
「2020年末までに、私たちは新たな投資家を見つけることを目指している。旅行業界にデジタルトランスフォーメーションの波が訪れているタイミングで、適切な製品を展開したい。シンガポールや東南アジアの投資家やベンチャーキャピタリストが、当社のアドバイザリーボードに参加してくれることに期待している」とJurčíček氏は今後の展望を語った。
米国を拠点とするスタートアップ「Wheel the World」は、「誰もが観光地にアクセスできるような社会を実現する」という目標を掲げている。
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「Wheel the World」のパートナーシップ責任者であり、創業者チームの一員でもあるArturo Gaona氏は、障がいを持つ人々が制限なく世界を探索できるようにすることで、「世界をアクセシブルなものにしたい」と語った。
「非常に重要なポイントは、旅行商品のアクセシビリティに関する信頼できる情報へのアクセスを提供することである。弊社はAMS(アクセシビリティ・マッピング・システム)を作成しているが、よりスケールさせるためには、旅行業界のパートナーからアクセシビリティに関する具体的データを収集する必要がある」。
「Wheel the World」は現在シンガポールにおいて、セントーサ島開発公社(SDC)と協力し、島内の観光施設のアクセシビリティに関する情報を提供している。「Wheel the World」はアクセシビリティ・アンバサダーとなる人材をシンガポールで探し、「現場の目と手」として情報を集めてもらっている。
SDCで営業・ビジネス・チャネル開発担当ディレクターを務めるJacqueline Low氏は「現在は「Wheel the World」と協力して、セントーサ島のアクセシビリティと包括性の向上に力を入れている。例えば、現在進行しているプロジェクトでは、ユニバーサルデザインの原則を取り入れている。すべてのゲストが簡単にアクセスできるように設計し、島を散策するゲストの総合的な体験を高めたいと考えている」と話した。
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新型コロナウイルス感染症は、観光業界が抱えていた従来の課題の解決を促すきっかけも提供した。パンデミック後の世界における旅行や観光に関しては、安全性と包括性がより優先されるだろう。