賑やかなテックエコシステムと多様な多言語を話す人々を擁するマレーシアは、東南アジア市場への進出を目指すグローバルなフィンテック企業にとって最適な場所だ。
ネオバンクやe-ウォレットなどでキャッシュレス化が進む中、マレーシアは地域および世界のフィンテック企業のホットスポットとなっている。フィンテック企業は、人口3200万以上の充実した国内市場へのアクセスだけでなく、東南アジアでの存在感を示すために、マレーシアに拠点を設けている。
2021年の「Global Fintech Rankings」では、首都クアラルンプールが順位を11上げており、同地域へのゲートウェイを探しているフィンテック企業にとっての環境が整っていることがうかがえる。
「GrabPay」や「Touch 'n Go」などの代表的なプラットフォームでは、累積アクティブユーザー数が2,100万人に達している。マレーシアでフィンテックが成功している理由の一つは、Eコマース市場の獲得に成功したことであり、多くのユーザーが利便性、安全性、使いやすさの観点から、現金ではなくデジタルの代替手段を選択している。マレーシアのデジタルウォレットの利用率は40%で、フィリピン(36%)、タイ(27%)、シンガポール(26%)を上回り、ASEANの中でトップだ。
またマレーシアは多文化・多言語国家としても知られている。英語、マンダリン(北京語)、マレー語、タミル語などの主要な国際語を含む137の言語を話す人々が暮らしている。マレーシアは、さまざまなバックグラウンドや経験を持つ人材や多様性の宝庫であり、東南アジア市場の縮図でもある。
ここ数年、マレーシア・デジタル・エコノミー・コーポレーション(MDEC)などの政府機関の支援もあって、マレーシアのデジタル導入率は着実に高まっている。例えば、現地のハイテク企業である「Grab」は、配車アプリ「MyTeksi」をマレーシアでリリースした。それ以来、このアプリは飛躍的に成長し、最近では396億米ドルの評価額を見込んで株式公開の計画を発表した。
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当然のことながら、最近のパンデミックはこの成長をさらに加速させた。例えば、Fintech Malaysia 2021 reportによると、モバイルバンキングの取引は、昨年1億970万米ドルと過去最高を記録し、前年比で125%増加している。自宅で仕事をする人が増え、安全性や衛生面への関心が高まっていることから、マレーシア市場では、デジタルソリューションの導入が過去最高のペースで行われている。
Bank Negara Malaysia(マレーシア中央銀行)&Securities Commission(証券取引委員会)による規制面でのサポートも、マレーシアのフィンテック・エコシステムの成長要因の一つである。
規制当局の取り組みを支援するために、マレーシア・デジタル・エコノミー公社(MDEC)は、マレーシア銀行(BNM)と共同で、「フィンテック・ブースター」を開始した。これは国内外のフィンテック企業が戦略的に作られた3つのモジュールを通じて、製品やサービスを開発するのを支援する能力開発プログラムだ。3つのモジュールの内訳は「法務・コンプライアンス」「ビジネスモデル」「テクノロジー」だ。
政府が主導する取り組みの中には、MDECが主導する「Malaysia Tech Month Fintech Showcase」がある。Malaysia Tech Month 2021 (MTM 2021) は、デジタルやテクノロジーに関する基調講演、ワークショップ、ディスカッションパネル、ビジネスマッチングセッションなどを1ヶ月間にわたって開催するバーチャルイベントだ。このイベントには、国内外の著名な業界講演者や投資家が参加し、4IR主導のデジタル経済に関する専門的な考えや経験を共有する。このイベントは、国内外のフィンテック企業に、ネットワーク、デモンストレーション、ベストプラクティスを学ぶためのプラットフォームを提供し、国内の技術エコシステムの繁栄を促進するものである。
ニューヨークを拠点とするフィンテック「Wahed」は、今回のイベントで紹介されるスタートアップのひとつだ。
2015年に設立されたWahedは、倫理的でシャリーア(ムスリムが多数を占める地域・イスラム世界で現行している法律)に準拠した投資ポートフォリオを構築できる、イスラム教のデジタル投資マネージャーだ。過剰債務、タバコ、アルコール、銃器、ギャンブルなど、イスラム教の原則に反する可能性のある問題について、同社はユーザーに代わって投資先をスクリーニングする。ユーザーの投資は、米国株、マレーシア株、金、そしてスクークと呼ばれるイスラム教の債券など、さまざまな資産クラスに分散される。
同社は、マレーシアの証券委員会からイスラムデジタル投資管理ライセンスを取得した最初の企業として、2019年にマレーシア市場に参入した。現在までに、世界中で20万人以上の顧客を抱えている。これらのマイルストーンを達成することができた理由の一つは、マレーシアの豊かなテックエコシステムにある。
同社のビジネスオペレーション部門シニアバイスプレジデントであるSyakir Hashim氏は、「マレーシアは間違いなく世界でも有数のイスラム金融エコシステムの本拠地です」と語る。
さらに、規制環境が整っていることも、マレーシアでの事業拡大につながった。MDECに相談したことで、Wahedは現地のエコシステム、ステークホルダー、その他の政府機関に関する理解を得た。このサポートにより、マレーシアのユーザーに合わせたサービス提供が可能になった。
「マレーシアのライフスタイル、言語、文化、そしてペインポイントを理解するために市場を深く掘り下げることで、Wahed Malaysiaを今日のように成長させることができました」と、Hashim氏は語る。「私たちはマレーシアにおけるイスラム投資の有名企業になることを目指しています」
マレーシアは、Global Islamic Fintech (GIFT)インデックスで第1位となっている。2020年のイスラミック・フィンテック市場規模は30億ドルと推定され、年間23%成長率で2025年には85億ドルに達すると予想されている。
マレーシア市場の準備が整っていることを証明するもう一つのグローバルなフィンテック企業がMoneyLionだ。同社は、参入障壁の低い金融商品を開発し、日常生活を送るユーザーにデジタル・オールインワン・ファイナンス・プラットフォームを提供している。MoneyLionが提供するサービスには、モバイルバンキング、融資、自動投資、Buy Now Pay Laterソリューション、仮想通貨などがある。
マレーシア人が共同で設立し、ニューヨークを拠点とするMoneyLionは、これまでに2億2750万米ドルを調達しており、新たなユニコーンと呼ばれている。事実、同社はニューヨーク証券取引所へのIPOの最終段階にあり、株式価値は29億米ドルと推定されている。
MoneyLionは、まだマレーシアの消費者の間での認知度は低いが、同社のテクノロジーとAIチームのほとんどはマレーシアの首都クアラルンプールに拠点を置いている。
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共同創業者でCTOのFoong Chee Mun氏は、「私が最も誇りに思っている成果のひとつは、世界で成功している一握りのネオバンクの中で、MoneyLionのテクノロジーをすべてマレーシアで構築したことです」と語る。
MoneyLionの創業時、Foongはアメリカに住んでいたが、妻の妊娠に伴い、しばらくマレーシアに帰国していた。当時、彼は3人のエンジニアを雇って働いていた。現在、クアラルンプールのチームは180人に増え、国内外の大学から技術系の人材を集め続けている。
「MoneyLionのKLオフィスは、単なるバックエンドオフィスではなく、製品のアイデア出しから管理、エンジニアリング、最適化、成長まで、エンドツーエンドで責任を持っています」とFoongは付け加えた。「ここには、地域のフィンテック・ハブを構築するのに適した人材と環境が揃っていると強く信じています」
マレーシア市場での展開に成功したもう一つのフィンテックがAblrだ。
「生活を向上させる金融サービスを人間的なものにする」というミッションのもと、Ablrはデータを活用して、より良いクレジットシステムを提供している。
例えば、同社の最初の製品は、企業が顧客に商品やサービスの代金を、隠れた手数料や遅延損害金なしに、柔軟な月賦払いで支払うことを可能にするものだ。これにより、企業は収益増加のためのソリューションを手に入れることができ、消費者は公正で便利な透明性のある方法で支払いができる。
2017年に設立されたこのスタートアップは、現在、シンガポールとマレーシアの両方にオフィスを構えている。
マレーシア市場に参入した理由は複数ある。Ablrは、マレーシア市場の中に、より公正で透明性の高い金融ソリューションへのニーズがあることを発見した。また、マレーシアのインフラ、携帯電話の普及率、急速に成長している中間層なども、同社の進出を後押しする要因となった。
創設者兼CEOのIan Ow氏は「市場の準備が整っていることも重要な理由です」と語る。
「マレーシアは、フィンテックの革新とデジタル化によって、社会的・経済的な発展のための多くの可能性と機会を生み出すイノベーションを目前としていると信じています」と同氏は語る。「政府は、新しい支払い方法や金融サービスへのアクセス方法の導入を大きく支援しており、マレーシアの人々は新しい技術を受け入れるオープンマインドな姿勢を示しています」
Ablrがこの成長の波に乗ることができたのは、イノベーションとファイナンシャル・インクルージョンを促進するfintech-friendlyな環境があったからだ。例えば、マレーシア銀行が設立したFTEG(Financial Technology Enabler Group)は、金融サービス業界における、技術革新の導入を促進する政策を推進している。
「マレーシアでの企業や消費者への初期展開は、これまでのところ順調に進んでいます」とOw氏は述べる。「現在、主要なパートナーとソフトローンチの準備を進めており、マレーシアを中心にイスラム金融に特化したサービスの開発を進めています」
シンガポールを拠点とするベンチャーキャピタルの1982 Venturesにとって、マレーシアで事業を立ち上げることは簡単な決断だった。
1982 Venturesは、東南アジアの初期段階のフィンテック企業への投資に注力している。同社は、マレーシアは地域や世界のベンチャーキャピタル企業から見落とされがちであるにもかかわらず、支援体制が整っていることに気付いた。マレーシア政府が、政府と協力してくれる海外のベンチャーキャピタル企業を公募した際、1982 Venturesはそのチャンスを得た。
それ以来、1982 Venturesは、マレーシア市場のさまざまなステークホルダーと仕事をする機会を数多く得ている。
共同創業者でマネージングパートナーのHerston Powers氏は、「実績のあるフィンテックのVCパートナーを探しているマレーシアのファミリーオフィスや企業、投資家から依頼を受けています」と語る。
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1982 Venturesの東南アジアのポートフォリオには、Brick、Fundiin、Homebase、Infina、Wagelyといったフィンテックのリーダー企業が含まれている。 1982 Venturesは、ファンドの最初のクローズに向けて、さらなる投資や戦略的LPを発表する予定だ。
ベンチャーキャピタルによるフィンテック企業への投資は、過去5年間、毎年50%以上の伸びを示しているが、東南アジアにおけるフィンテック企業への投資の割合は、世界的に見ても非常に低い水準だ。1982 Venturesは、マレーシアを含む東南アジアにおける、このギャップを埋めることを目的としている。
「東南アジアにおけるフィンテックは、一世代に一度のチャンスです」とPowers氏は語る。「ほぼすべての主要市場において、最も価値のあるベンチャーキャピタルに支えられた企業は、フィンテック部門の企業であり、これは東南アジアやマレーシアでも同様でしょう」
Wahed、MoneyLion、Ablr、1982 Venturesの4社は、来るMalaysia Tech Month Fintech Showcaseに参加する。このプログラムやフィンテック・ショーケースの詳細は、公式ページに掲載されている。
翻訳元:https://e27.co/building-malaysias-fintech-ecosystem-20210813/
表題画像:Photo by CK Yeo on Unsplash (改変して使用)