あなたは1日にどれだけの広告を目にしているだろうか。朝起きてテレビをつければCMが流れている。朝ご飯を食べながら新聞を読むとしよう。新聞内には至る所に広告が散りばめられ、カラフルなチラシまで挟まれている。ご飯を食べ終え、駅へ向かう。バスの車体や電柱に掲載された大小様々な広告を片目に到着して乗った電車にもまた、多数の広告だ。乗車中の暇を潰そうとニュースサイトを開けば広告が目に入り、無料で動画サイトを見ようと思えば動画広告が挟まる。
電車に揺られて到着した渋谷駅。あなたはスクランブル交差点で目線を上げ、驚くだろう。目線の先にあるのはビルの壁面に設置された複数の広告ディスプレイと無数の看板だ。有名企業のロゴやキャンペーン告知に注目していると、どこからともなく爆音のアドトラックがやってくる。
このように、都市には多くの広告が埋め込まれているのだ。都市の景観を構成する要素として、建物や道路、緑の配置といった要素が挙げられるが、広告もまた、重要な構成要素の一つと言えるかもしれない。
一方で、都市景観の文脈に沿って考えれば、広告は必ずしも肯定的には捉えられてこなかった。広告はより多くの通行人に認識してもらう必要があるために、景観を構成する他の要素から際立って目立つ必要がある。このような都市における広告の本質的特徴は、都市景観における各構成要素の調和を重視する姿勢と相反するものなのだ。そのため日本では、屋外広告物法により都道府県等が屋外広告物条例を定めることで各種広告を制限できるようになっている。実際に歴史的街並みやその雰囲気を求めて毎年多くの観光客が訪れる京都市では、史跡名勝における屋外広告物の禁止に加え、市内全域における屋上広告物や点滅式照明看板、可動式照明看板の禁止といった規制を設けることで景観の管理につなげているのだ。
さて、都市における広告とは規制により排除すべき悪者なのだろうか。近年広告掲載料を元手に第三者へ還元することで社会的インパクトを生み出すスタートアップが多数現れている。従来の広告であれば、広告料は掲載プラットフォームの運用者と広告設置を許可した土地所有者や建物所有者にしか還元されなかったが、この資金を社会的に意味のある用途に使用するという発想の転換であり、広告に対する社会的受容を高めうる動きと言えるだろう。
日本国内における事例としては「株式会社フォーステック」による渋谷区を中心としたスマートゴミ箱「SmaGO」の運用などが該当する。アメリカの「Big Belly Solar」が開発したスマートゴミ箱をベースにした同社のソリューションではスマートゴミ箱に広告ラッピングを施すことで運用費を賄いながら都市にゴミ箱を普及させる取り組みをおこなっている。単なる目立つ広告としてではなく、目立つゴミ箱としての役割を持ちながら存在することで、まちの過ごしやすさ向上や都市におけるポイ捨て抑制など大衆へのメリット提供を行うのだ。
また国外における事例としてはアメリカの「VOLTA」による商業施設を中心とした無料EVチャージャーの設置が挙げられる。同社では充電設備側面に搭載したディスプレイに広告を表示することで収益を上げ、運用費を賄っている。広告掲載者にとってはEV利用者などターゲットを絞った広告を打ち出すことが可能になり、商業施設にとってはEV充電中の買い物による利益向上や来訪者数増加が見込まれ、都市に住まう人々にとってはEVを利用する上で欠かせないインフラが確保されるなど、多くのプレイヤーにメリットを与えるソリューションだ。また「VOLTA」では無料EVチャージャーの設置を通して、周辺住民がEVへの購入を検討することを見据えるなど、その社会的インパクトにも注目している。(参考:SUNRYSE「VOLTA」紹介記事)
そのほかにも世界各地で、都市における広告の利益を収入の不安定な人や貧しい人へ金銭として還元しようという試みが進んでいる。
モザンビーク発の「Mozambikes」は自転車のフレーム部分に広告を掲載することで約1,600円という安価での自転車供給を実現したスタートアップだ。学校や水汲みに多大な時間を費やす人々の時間を節約するとともに、自転車製造により雇用を生み出すことで社会的な貧困の改善への寄与を目指している。(参考:SUNRYSE「Mozambikes」紹介記事)
またアメリカの「Firefly」はギグワーカーと呼ばれる「Uber」や「Lyft」のドライバーが所有する車の車体上部に広告ディスプレイを設置し、その広告掲載費の一部をドライバーに還元するソリューションを提供している。従来アドトラックとタクシーそれぞれが担っていた役割をひとまとめにすることで環境負荷が抑制されるだけでなく、不安定な収入に悩むギグワーカーの収入増加や安定化につながるソリューションだ。(参考:SUNRYSE「Firefly」紹介記事)
同様のアイデアについてはナイジェリアの「Wrapyt」(参考:SUNRYSE「Wrapyt」紹介記事)やタイの「Flare」(参考:SUNRYSE「Flare」紹介記事)などもソリューション実装に成功するなど、都市における広告を通した社会的インパクトの創出の動きは世界的に広がっている。
このように都市における広告は必ずしも「悪」ではなく、その利益の使い道によっては社会へ貢献する「善」となりうる。今までの都市における広告では各人に「見ない」という選択肢が与えられていないことや、その利益が広告の設置者のみに還元されており、見る側にメリットが存在しないことなどが問題点となりうる状態であった。一方で「Misapplied Sciences」が単一のディスプレイであっても複数の視聴者に対して異なる映像を同時表示可能なソリューションを開発したように、これらの状況はテクノロジーによって覆されうる。今後の都市における広告の形はまだまだ変わりゆくかもしれない。
表題画像:Photo by Dennis Maliepaard on Unsplash (改変して使用)