2021年12月1, 2日にヘルシンキ・エキスポ&コンベンション・センターで開催されたSlush 2021において、ヘルシンキ大学とヘルシンキ・イノベーション・サービスは、5つの研究結果に基づくスピンアウトと12の商業化初期段階にある科学技術を発表した。また、フィンランド国営の非営利研究組織である「VTT(Technical Research Centre of Finland Ltd)」もブースを出展し、アカデミックにおける研究成果の社会実装例を公開した。
本レポートでは、ヘルシンキ大学を中心に、フィンランドにおいて、科学技術がどのように社会実装へと繋がっていくのかに焦点を当て、アカデミック発のスタートアップを紹介していく。
ヘルシンキ大学が所有するヘルシンキ・イノベーション・サービス社(以下、HIS)は、研究者が研究成果を商業的成功に導くための支援を行っており、研究者とビジネス界を結びつけ、すべての人がイノベーションを利用できるようにしている。具体的にHISは、研究アイデアの商業的意義を評価し、商業化の準備のための資金調達、ライセンス供与、特許申請、スピンアウト企業の設立といった内容で研究者を支援している。また、HISは、企業が投資家や指導的スタッフを見つける手助けも行っている(参照)。
まずはじめに、ヘルシンキ大学発の商業化初期段階にある科学技術を紹介する。商業化の初期段階にある科学技術の多くは、製品開発や前臨床細胞試験、動物試験など、研究成果の実用化に向けた準備に向けて、約2年間の助成を受けており、その間に実用化への道が開けると、臨床試験や社会実装へと繋げていくことができる。今回は、現地でブースを出していた研究初期段階の科学技術の中でも、特にビジョンや科学的根拠が明確であった3つの研究について紹介していく。
「Medixmicro」は、ヒトや動物用の、チップの形状をした針を皮膚に乗せるだけで注射可能なマイクロニードルパッチを開発している。1枚のパッチは数百本の小さなマイクロニードルからなり、貼ると皮膚の中で溶ける。また、薬物の放出時間を制御することができ、徐々に放出させることも可能だ。従来の注射とは異なる点として、この注射方法は痛みがなく、さらに、訓練を受けていない人や患者自身でも注射を行うことができる。また、使用されている材料は一般廃棄物と一緒に処分可能となっており、特別な処理が不要となる。
「REVEYE」は眼球の表層成分を形成する成分を含む目薬を開発し、ドライアイの根本的な改善を目指す全く新しい治療法を目指す。同社によると、ドライアイ疾患は、現代の生活様式や寿命の長期化により、全世界で3億から5億人が罹患している公衆衛生上の問題であり、結果的に、世界のドライアイ治療薬は数十億ドル規模にものぼる。「REVEYE」では目の脂質層に含まれる天然の脂質をベースにした目薬を作ることで、通常の目薬よりも滴下頻度が減り、最終的に1日に2回程度となることが期待される。また、価格は同社によると通常に市販されている目薬と同様の価格での提供を実現する予定とのことだ。
「FreshTech」は新規の革新的なパッケージング技術により、食品小売店や家庭での果物や野菜の廃棄を減らすことを可能にする技術である。生鮮食品保存の際に、ヘキサナールを含んだシートを一緒に入れておくことで、食品を新鮮にジューシーな状態で保存可能だ。また、シートは生分解性で環境にも優しい仕様となっている。
今回Slush2021では、食品から排出されるガスを検知して消費期限を確認できるラベルを提供している「Innoscentia」や、食材のコーティングにより保存を試みる「Saveggy」など、フードテック分野の中でもサプライチェーンにおける食品の保存方法は注目のトピックであり、今後の社会実装が期待される。
続いてのパートでは、既に研究成果を社会実装しているスタートアップについて紹介していく。他社製品とのコラボや、企業へのシステムの導入が進んでおり、社会実装までの流れが整っていることが伺われた。
ホームページより引用
「UUTE Scientific」は、自然界に存在する微生物の多様性を利用して、免疫システムを刺激する素材を提供する。同社が提供する素材は、非常に細かいパウダーなどの素材形状で、森林や農業環境から採取した多様な微生物が含まれており、クリームに混ぜたり、布に加えたりして使用する。都会での生活がメインとなり、森や畑から遠く離れている場合でも、免疫システムを正しい方向に発達させるサポートを行い、アレルギー疾患や自己免疫疾患のリスクを軽減することを目指す(参照)。化粧品やスキンケア商品から、ペットフードにも応用の可能性があるそうだ。ブースでは実際に同社の素材を使用したスキンケア商品を体験することができた。
「Carbonlink」は企業におけるカーボンフットプリントを自動で可視化するシステムを提供する。同社のソフトウェアと企業の既存の財務管理データを結びつけることで、移動や消費財など、それぞれのカーボンフットプリント量を可視化できるシステムとなっている。同社以外にも今回のSlush全体を通じて、データの可視化、特に環境指数の可視化に関連した、「Kausal」や「Finz.」などのスタートアップが複数見受けられた。
Slushに出展したヘルシンキ大学やヘルシンキ・イノベーションサービス関連のその他の研究、科学技術の詳細はこちらから確認できる。また、Slush会場やヘルシンキ大学出展ブースの様子はこちらのYouTubeリンクから視聴可能だ。
「VTT(Technical Research Centre of Finland Ltd)」はフィンランド国営のヨーロッパを代表する非営利の研究機関(企業)である。2020年末時点で、VTTの従業員数は2,129名であり、75年以上に渡る研究と科学的根拠に支えられた成果を社会に実装し商業化することで、地球規模の課題解決を目指す。企業、大学、研究機関、地方自治体などを含めたステークホルダーとの協力だけではなく、研究成果とビジネスの融合も重要な役割の一つとなっている。特に、研究成果の事業化に向けたサポートは、「VTT LaunchPad」ビジネスインキュベーターというプログラムがあり、VTTの研究者・IPR(知的財産権、研究成果や技術)と、メンター、投資家を結びつけている。
インキュベーションプログラムでは以下の5つのサポートが提供される。
「Lean Startup」 の原則に基づき、チームに対して最大1年間のプレシードファンディングを実施
IPR(知的財産権)のサポートと開発
積極的なチーム育成
起業家研修・講座
メンタリング、投資家や他のパートナーとのコンタクト
ホームページより引用
「Volare」は、穀物の非食用部分などの食品廃棄を利用して、他の動物性タンパク質、大豆、パーム油に代わる高品質のタンパク質と油を提供する。同社の技術を事業化するための下準備は、「VTT LaunchPad」ビジネスインキュベータで行われ、チームの立ち上げとビジョンの明確化のためのサポートを受けた。
VTT LaunchPad インキュベーションシステムに関しての詳細はこちら。
South-Eastern Finland University of Applied science(以下、Xamk)でも学生の起業を支援する仕組みが整っている。大学が提供しているのは、イノベーションとアントレプレナーシップについての授業や、起業に関心の高い学生や起業家とつながることのできるコミュニティ(ビジネスカフェ)、学生と地域の社会人を結びつける枠組み、学生向けのスタートアップファンドなどが含まれる(参照)。
「Moodmetric」は、メンタルヘルスに着目し、燃え尽き症候群を回避することを目的に、ストレスを感じる瞬間を測定するスマートリングを開発している。同社は2022年1月現在、ヨーロッパを中心に展開しており、主な顧客企業は研究機関がメインとなっている。バーチャルリアリティとの組み合わせで研究を行うなど様々な場面で応用が期待される。
Slsuh2021でもアカデミックでの研究成果を社会実装したスタートアップが頻繁に見受けられ、特に開催地であるフィンランドのサポートシステムの充実度を伺うことができた。アカデミックとビジネスの繋がりをよりスムーズなものにするためには、大学や企業、行政、「VTT」のようなあらゆるステークホルダーを繋ぐ支援機関の後押しが必要だ。また、SUNRYSEとしても膨大な海外スタートアップのデータベースと幅広い海外パートナーの存在を活用し、オープンイノベーションの推進をより一層強めていきたい。
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