昆虫養殖の可能性と課題:食用昆虫は新たな食の選択肢になりうるか?

本記事では、食用昆虫の安全性と持続可能性に関する懸念点や可能性、そしてまたそれらの課題に取り組んでいるスタートアップを紹介する。
代替タンパク質 食品 SDGs・ESG

注目を集める「食用昆虫」

代替タンパク質の一つとして食用昆虫が注目されている。古くからタイなどの東南アジアでは、コオロギやバッタなどの昆虫を食べる慣習があるものの、食用昆虫はほとんどの国や地域では敬遠されてきた。しかし、昆虫の飼育が家畜の飼育と比べて環境への負荷が少ないことや、昆虫の中には豊富なタンパク質と栄養素を持つものもあることから、食糧危機への有効な解決策として有用だとされている。だが、昆虫食の安全性や持続可能性については未だ多くの議論が存在しており、持続可能性に関しても大規模な昆虫飼育施設やその運用に伴うエネルギー消費、加工工程におけるエネルギーの使用など、持続可能性を向上させるためにはさまざまな課題に対処する必要がある(参照)。

本記事では、食用昆虫の安全性と持続可能性に関する懸念点や可能性、そしてまたそれらの課題に取り組んでいるスタートアップを紹介する。

現在の食用昆虫の利用方法

食用昆虫の利用法は主に3つに分かれる。まず、人が直接摂取するための食品としての利用である。 例えば、昆虫ベースのタンパク源を提供するシンガポール発のスタートアップ「AIFS」は、家庭の料理などで小麦粉の代わりに使用できるコオロギ粉とそれに合わせたスパイスなどを販売している。粉状に加工することで、昆虫食特有の見た目による不快感がなく、消費者の抵抗を軽減しているのだ。同社のコオロギ粉はピスタチオに似た風味で他の食材の風味を吸収する特性があり、小麦粉の代用品として難なく使用することができる。(参考:SUNRYSE「AIFS」紹介記事

(画像:「AIFS」ウェブサイトより引用)

また、食用昆虫は家畜やペット、養殖魚の飼料としての需要も増加しており、特に飼料の価格上昇に対抗する手段として注目を集めている。養殖されている昆虫としては、まずコオロギが挙げられる。コオロギは、比較的容易に育てられ、タンパク質や微量栄養素が豊富であるため、人が直接摂取する食用昆虫として広く利用されている。他にも、成長サイクルが早く、餌を選ばないという特性からアメリカミズアブやイエバエも注目されている。

食用昆虫は健康にいいのか?

食用昆虫にはいくつかの栄養的メリットがある。例えば、イエコオロギの場合、乾燥状態で約65%のタンパク質を有し、牛肉、卵、牛乳、大豆よりも優れたタンパク源となっている。また、不飽和脂肪酸も多く含まれ、特に体内のコレステロールを下げる働きがある多価不飽和脂肪酸(PUFA)が豊富である。さらに、微量栄養素も豊富に含まれており、コオロギなどの昆虫は特に鉄分が豊富で、牛肉の約3倍にもなる(参照)。 このことから、プロテインバーや粉状のプロテインとして食用昆虫を販売するスタートアップも多い。北米最大の食用コオロギ養殖企業である「Entomo Farms」は、食用コオロギの飼育と加工・販売をしている。同社が提供するコオロギのパウダーは、グラム当たりで牛肉の2倍のタンパク質を含み、他にも、9種の主要アミノ酸やカルシウム、鉄分など豊富な栄養を持つ。(参考:SUNRYSE「Entomo Farms」紹介記事

(画像:「Entomo Farms」ウェブサイトより引用)

一方で、食用昆虫には健康面での懸念点が存在する。まず、加工前の昆虫は一般生菌数(食品の微生物汚染の程度を示す指標)が多い。また、昆虫自体に農薬、重金属、マイコトキシン、アレルゲンが蓄積される可能性も報告されている。しかし、これらは適切な養殖工程、処理工程を施すことで食品に対する法的制限内に抑えることができる(参照)。

昆虫は持続可能なタンパク源と言えるのか?

代替タンパク質として、期待されている食用昆虫だが、ここでは食用昆虫が「持続可能」であると考えられる理由を紹介する。

飼料変換効率が高く、温室効果ガス排出量が少ない飼料変換効率が高い

一般的に、昆虫は1kgの質量増加に2kgの飼料が必要とされるのに対して、牛は1kgの体重増加に8kgの飼料が必要とされる。また、昆虫による温室効果ガスの発生量は従来の家畜よりも少なく、例えば豚に比べてミールワームは体重1kgあたり1/10~1/100程度の温室効果ガスに抑えることができる(参照)。一方で、昆虫養殖には持続性可能性においていくつかの懸念点が存在する。一般的な食用昆虫には餌として穀物を与える傾向があるため、生産規模を拡大しても従来のタンパク質源よりも持続可能性が低くなる場合がある。この点においては、食品廃棄物を利用した養殖を加速させることで食用昆虫への飼料による環境負荷を抑えることができる可能性がある。

例として、フィンランド発のスタートアップ「Volare」が挙げられる。同社はクロバエを家畜、養殖魚、ペットの餌に加工している。クロバエは成長の早さと養殖の容易さから、大豆や魚粉など従来の魚や家畜向けの餌の生産に比べ、持続可能性の点で優れる。同社がクロバエから生成するタンパク質の重量当たりの炭素排出量は、魚粉の22分の1、大豆の45分の1だ。このタンパク質はクロバエを粉末状に加工することで生産され、高い加工適性と優れた消化性、必須アミノ酸を全種類含有するなど、生産性以外にも優れた点を持つのが特徴だ。(参考:SUNRYSE「Volare」紹介記事

(画像:「Volare」ウェブサイトより引用)

食品廃棄物を利用した昆虫の養殖

昆虫は食品廃棄物を食べ、高品質のタンパク質に変換する能力があり、水の使用量が従来の家畜よりも大幅に少ないことも特徴である(参照)。一方でヨーロッパでは昆虫への飼料として堆肥や飲食廃棄物、未加工の食品、魚粉を除く動物性タンパク質加工品全般の使用が禁止されているため、昆虫養殖を食料廃棄削減の解決策として利用するには際には注意が必要である。(参照

フランス発のスタートアップである「next Protein」はアメリカミズアブ(以下、アブ)を用いて養殖用飼料を開発している。同社が行っているアブの生育過程では化学製品を使わず、餌は食料廃棄物に含まれる水分を利用している。アブの生育期間は8日~10日と非常に短い期間で、幼虫の時期は排泄物から農業用の肥料を生成できる。成虫になれば飼料の材料となる脂肪分を抽出し、残った部分を乾燥させ粉末にすることでタンパク質を取り出すことができる。それら2つを混ぜ合わせることで、家畜の飼料やペットフードの材料として提供することが可能となるのだ。(参考:SUNRYSE「next Protein」紹介記事

(画像:「next Protein」ウェブサイトより引用)

土地の利用における効率性が高い

食用昆虫の養殖におけるにおいて、垂直型農法の可能性は、さまざまな昆虫養殖企業によって確認されている。昆虫を使ってペットフード、魚や家畜の養殖用飼料、植物用の肥料を加工生産をしている「Ynsect」は、完全自動型の垂直型生産を行っている。主に飼育しているのは、ミルワームとテネブリオ・モリトール(ゴミムシダマシ)で、同社の持つ昆虫農場「Ynsect農場」では牛農場と比較して1ヘクタールあたり150倍の生産的な土地利用が可能である。同社は飼育環境の管理を徹底しており、すべての昆虫の成長の各段階で最適な生活条件を厳しく制御することができる。飼育ボックスの組み込みセンサーはデータを収集して湿度や温度などの要因を制御し、健全な成長のために環境を最適化することが可能だ。

(画像:「Ynsect」ウェブサイトより引用)

食用昆虫における今後の展望

以上、食用昆虫の安全性と持続可能性に関する懸念点や可能性、それらの課題に取り組んでいるスタートアップを紹介した。

2023年現在、世界中の昆虫食スタートアップが様々な角度から昆虫の代替タンパク質としての可能性を追求している。昆虫養殖には、安全性・持続性の面においていくつかの懸念点が存在するものの、適切な食品加工を行い、再生可能エネルギーを活用するなどの工夫をすることによって、人にとって安心で、環境負荷の低いタンパク源となるポテンシャルを持っている。世界のスタートアップの取り組みにより、食用昆虫が新たな食の選択肢として普及していく未来に期待したい。


表題画像:Photo by Diliara Garifullina on Unsplash (改変して使用。画像は昆虫のイメージであり、食用ではない昆虫である可能性があります。ご了承ください。)

執筆:Fu Nishimoto, Sayaka Kito

編集:Minori Fujisawa, Eri Furukawa

SUNRYSE MAG記事公開日:2023年12月20日

執筆者
鬼頭 清香 / Sayaka Kito
海外スタートアップの最新トレンドを
ニュースレターでお届け!
* 必須の項目

関連記事