セクシャル・ウェルネスとは、”性(セクシュアリティ)”に関する身体的、精神的、社会的なあらゆる健康を意味する言葉である。一方、日本に限らず世界の多くの国でタブー視されており、依然として公の場で議論できる環境は少ない。そういった課題に対して、ヨーロッパや北米地域を中心に、ダイバーシティやインクルージョンに配慮されたサービスを展開する、セクシャルウェルネスやセックステック(Sex Tech)スタートアップが続々と登場している。
2022年現在の日本では依然としてタブー視されがちなトピックではあるが、こうしたヨーロッパおよび北米の影響を受け、今後日本でもさらに注目される可能性がある。本記事では、筆者がドイツ・ハノーファーで参加したセクシャルウェルネスの展示会のイベントレポートも交え、欧州におけるセクシャルウェルネススタートアップの現状とトレンドを紹介する。
米国のセクシャルウェルネス市場規模は2021年に103億米ドルとなり、2022年から2030年にかけて年平均成長率(CAGR)7.67%で拡大すると予想されている。同市場は、性感染症(STD)やHIV感染の有病率上昇、また、政府の取り組みや避妊具の使用促進に参加するNGOの増加が、市場の成長を後押しすると予想される。他にもオンラインショッピングの容易さがセクシャルウェルネス製品の販売をさらに後押ししている(参考)。
写真:SUNRYSE
2022年10月5日-7日にドイツ・ハノーファーで開催された、世界最大級のセクシャルウェルネス展示会「eroFame」。出展していたのは欧州にとどまらず、北米地域、南米からはブラジル、アジアからは日本や韓国のメーカーが見受けられた。参加者は卸売業者や販売代理店、オンラインマーケットプレイスを展開している企業、セックストイの製造を行う中国の工場経営者、公衆衛生(Public Health)の勉強をしつつ販売店の開業を予定している人などであった。
写真:SUNRYSE
一番大きなブースを出していたのは、ドイツ生まれの「Satisfyer」であった。DJやバーから、ランチの提供、さらには参加者全員がもらえるお土産(バイブレーター2個)などが用意されていた。
写真:SUNRYSE
日本からは「株式会社TENGA」「相模ゴム工業株式会社」「株式会社ソヒミジャパン」「Unwind」「Nopole Inc.」「prosthesisman.Stp.Japan」が出展していた。
筆者が住んでいるベルリンのスーパーマーケットやドラッグストアでも、ヴィーガンコンドーム(※)を見かけることが多い。今回展示会でも、改めてヴィーガンコンドームと、さらにサイズ別にコンドームを提供している企業が多い印象を持った。
ヴィーガンコンドームとは、動物実験をしておらず、且つ動物由来の素材を使っていないコンドームを指す。日本では厚生労働省の規制により動物実験が必要となるため、動物実験をしていないコンドームは販売されていない(参照)。
写真:SUNRYSE
こちらの写真は、オーストラリア・シドニー生まれのヴィーガンコンドームブランド、「GLYDE」である。写真上は味付きコンドームで、パッケージ右下に「The Vegan Society」のVegan認証のが記載されていた。写真下はオーラルセックス中の性感染症予防アイテムで、女性器に貼り付けて使えるデンタルダムである。
写真:SUNRYSE
こちらはサイズ別(動物のサイズ別)コンドームと潤滑剤を提供しているドイツ・ベルリン発ブランド「Loovara」である。コンドームのサイズが小さく記載されているが、同時に、パッケージの動物名でもサイズを表現している、遊び心満載のコンドームだ。写真左の49mmはラクーン(アライグマ)、隣の69mmはムース(ヘラジカ)で表現されている。
写真:SUNRYSE
こちらも様々なサイズのコンドームを提供するドイツ発の「MISTER SIZE」。ブースでは、コンドームをつけていても一定数の人が妊娠している現状や、その理由の一つとして、適切なサイズのコンドームをつけていないことが紹介されていた。
今回、筆者が個人的に興味を持ち、長年追っているNY発のセクシャルウェルネスブランド、「Dame」でエンジニアを務めている方とブースでお話することができた。彼女は、Gスポットバイブレーター「arc」(写真一番左)の開発に携わったそうだ。また、彼女のお気に入りはまだ未発売の新商品の「Dip」(写真一番右)とのこと。より入手しやすい価格帯で、ターゲットはセックストイを初めて使うユーザー向けに展開予定だという。
写真:SUNRYSE
これからどんなプロダクトを展開予定か、という質問に対して、「詳しくは言えないけど、サプリメントなども提供していく予定」とのことだ。
イベントでは、各国の大手企業や販売代理店の出展が多く、想像していたよりもスタートアップの参加が少ない印象であった。また、以前から同イベントに参加している人からは、コロナ前の方がより参加者が多く、活気があったとの声も出ていた。コロナを経て各社がオンライン販売のチャネルを強化したことで、現地での参加企業が減少した可能性も考えられる。今後、オフラインのイベントや展示会をどのように時代に適応させていくか、参加企業やイベント主催企業側も工夫が迫られていそうだ。
写真:SUNRYSE
ヨーロッパ各国で消費財のサステナブルな素材への転換が進んでいることから、今回の展示会でも環境に配慮した材料でできているバイブレーターや潤滑剤、コンドームなどを探してみた。ほとんどがシリコン製であったものの、一部の商品ではリサイクル素材を使用しているものや、麦わらを原材料に使っている「Gløv」(上記写真)など、環境に配慮された材料でできているプロダクトが少しずつ出てきている印象を受けた。
写真:SUNRYSE
こちらはオーストラリア生まれの「VUSH」。セックストイだけではなく、生理用品も展開しており、女性に寄り添った包括的なプロダクトを展開している点が印象的であった。
同展示会のキーワードである「Sex Tech」は、これまで筆者が調査してきた他の業界に比べて「サステナビリティ」という視点が浸透していないように感じられた。その背景について、ドイツ・ベルリンに拠点を持つ、データやユーザーヒアリングを用いてセクシャルウェルネスのコンサルティングを行う「Modality Group」のSex Techとサステナビリティに関するレポート"Recycle my vibrator?"が非常に興味深い。
写真:「Modality Group」 HP
レポートでは、なぜSex Techでサステナビリティが遅れているのか、Sex Tech業界が消費者とともに持続可能な変化を実現するにはどうすればよいかがまとめられている。サステナビリティが遅れている理由として、同業界では消費者が商品を購入する際の匿名性を重視していることが挙げられている。匿名性が高いことで、消費者の使用パターンや製品のライフサイクルに関するデータは、多くの場合販売時点で止まっており、全体像を把握できるプレイヤーが誰もいないという。本文ではまず、企業が製品のライフサイクル全体を把握し、製品の寿命を理解する重要性が挙げられていた。そして、企業がユーザーに対して、持続可能な観点からメッセージを伝えられるかどうかが持続可能な製品を設計する上で重要な役割を果たすという。
他にもレポートでは近年、セックストイに使用される有害化学物質に関する議論(2018年に米国の子供用玩具および育児用品からフタル酸塩が禁止されたが、これらの化学物質は依然としてセックストイに広く使用されている)に関してもまとめられている。
写真:SUNRYSE
展示会2日目の終盤では展示会場すぐ隣の大型レストランで、ドイツビールの祭典オクトーバーフェストが開催された。参加者全員が集いドイツビールだけではなく、ディナーやネットワーキングを楽しんだ。
今回の展示会を通して、新規性のあるプロダクトは見つからなかったものの、日本のセクシャルウェルネス業界ではデリケートゾーンのケアや美白クリームなどが多いことから、欧州のプロダクトの日本における新たな可能性を感じた。また、大手企業が使用する素材にこだわりコンポスト可能であったり、分解して捨てることができる仕組みを導入することで、世界的にもインパクトのあるプロダクトとなるのではないだろうか。
筆者の住むドイツ・ベルリンでは、今後も欧州からセクシャルウェルネススタートアップが集まるカンファレンスが開催されるため、引き続き欧州の最新動向を追っていく。