欧州脱炭素化の現状

菅総理大臣は、2020年10月26日に開催された臨時国会にて「2050年までに、GHGの排出を全体としてゼロにする」ことを表明した。脱炭素化に向けて議論が本格化していくと見込まれる。その中で存在感を発揮し、議論を推進していくには、EU動向の一挙手一投足を注目し、日々学び続けることが必要だ。
エネルギー

世界気象機関(WMO)によると、2019年の世界平均気温は産業革命以前の値を1.1℃上回った。

我々人類の経済活動から排出される温室効果ガス(以降:GHG)により、過去10年間でかつてないほどの気候変動、森林火災、海面上昇が生じている。

環境先進地域であるEUでは、スウェーデン出身のグレタ・トゥーンベリ氏をはじめ多くの活動家による地球温暖化対策の強化を求める大規模デモが実施されている。

このような中、菅総理大臣は、2020年10月26日に開催された臨時国会にて「2050年までに、GHGの排出を全体としてゼロにする」ことを表明した。

同表明は、筆者が携わる石油・ガス業界でも反響が大きく、発表後あちこちで議論が巻き起こった。

反響が大きかった理由は様々考えられるが、4年前に策定した温暖化対策計画で掲げられた「80%削減」という中途半端な目標ではなく、「100%ゼロにする」という政府による不退転の決意が垣間見られたことによるところが大きい。

ドイツやオランダなどのヨーロッパ諸国が次々とGHG排出ゼロという目標を掲げ、排出量削減に向けた施策を打ち出してきた中、日本国はその消極的な目標設定のためか大幅に遅れをとっていた。

今回の強い意思表示を通じて、政府主導のもと効果的な施策が導入され、産官学一体となった取り組みが展開されることを期待したい。

EUの動きに学ぶ

話は一転するが、当社が運営するSUNRYSE. では、これまでに150社以上の環境・エネルギー系スタートアップを取り上げてきた。

ここで特筆すべきなのは、その半数以上が「EU圏のスタートアップ」という点である。

なぜEUでは多くの環境系イノベーションが生まれているのだろうか?

様々な見方があるとは思うが、EU圏では脱炭素を促す法規・制度が整っていることや地球温暖化に対する人々の意識・リテラシーの高さから、環境系ソリューションへの投資が集まりやすいことが要因として考えられる。

実際にEU市民の95%以上が環境保護を重要事項として掲げ、同時に77%以上が環境保護は経済成長を可能にすると考えているというデータもある(参考)。

日本国内でも、ビジネスの脱炭素化はブランドイメージ向上に繋がるという見方も増えつつあるものの、未だに単なる「コスト増」と捉える風潮が強く、制度面や教育面、ひいては投資環境において脱炭素推進体制を強化する必要がある。

この状況を打開するには、脱炭素化社会の実装に向けてトップランナーを走るEUの現状を学ぶ必要があるだろう。

そこで本記事では、情報量が限られている日本国内事業者に向けた情報提供の一助になることを標榜し、脱炭素先進地域であるEU圏で現在議論されているホットなトピックや脱炭素ソリューションを掲げるスタートアップについて紹介する。

[ホットトピック]

  • 欧州連合域内排出量取引制度(EU-ETS)

  • パリ協定

  • 欧州グリーンディール

[スタートアップ紹介]

  • H2Go Power(イギリス)

  • Heart Aerospace(スウェーデン)

  • ClimateTrade(スペイン)

欧州連合域内排出量取引制度(EU-ETS)

EU-ETSとは、2005年にEU域内で導入されたキャップ&トレード型のCO2排出量取引制度である。

キャップ&トレード型とは、政府が定めるGHGの総排出量(排出枠)に応じて、各事業主に対して排出枠を配分し、事業主間の排出枠の一部移転を認める制度のことを指す。

本制度のメリットは、全事業者に対する排出枠が設定されているため、理論的には導入経済域における排出量が枠内に抑えられることである。また、事業者としては自主的にGHG削減策を導入するか、または導入コストが見合わない場合は排出枠の購入を選択する余地が残されているため「域内全体の最も経済効率的な削減を図る」ことができる。

一方で、「排出枠の設定が困難なこと」「長期的にみれば脱炭素化技術の導入やイノベーションを阻害する可能性があること」「行政コストが生じること」などのデメリットも挙げられる。

EU-ETSは、京都議定書の試行期間であるフェーズ1、フェーズ2を経て、排出削減目標とエネルギー目標とリンクしたフェーズ3(期間:2013年~2020年)まで、あらゆる試行錯誤を経て発展してきた背景がある。当初はGHG排出量の多い電力、製造業のみを対象としていたが、フェーズを重ねるごとに領域を拡大し、フェーズ3時には航空セクターも加わった。

上記デメリットを含め、制度設計の改善は求められるものの、EU-ETSは現在、EUの全CO2排出量の43%を管理しており、2050年のEUの長期目標に向けたロードマップの中で中心的な役割を担っていくとされている。

GHG排出ゼロを目指すことを表明した日本においてもEUの動きをベンチマークし、国内の実情に合わせながらも良い点は取り入れていく姿勢を取ることが望ましい。

[EU-ETS データ]

  • 加盟国:EU加盟国、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー

  • 導入年度:2005年

  • 対象部門:電力、製造業、航空(11,000事業所)

  • 排出枠:EU全域のGHG排出量の約45%(CO2:0億トン)

  • 近年の取引価格:26ユーロ/トン(2020年11月時点)

[参考資料]

パリ協定

パリ協定とは、COP21 (2015年11月30日~12月13日)において合意された地球温暖化対策を定めた協定を指す。

トランプ政権時にアメリカが離脱したことで話題になったため、言葉は聞いたことがあるという人も多いだろう。一方で、具体的に何を標榜しているのかは分からない、という方も多いのではないだろうか。

パリ協定では具体的な目標として、「産業革命以前からの地球平均温度上昇を2℃未満、または1.5℃に抑える努力をする」ことを掲げている。

手段としては、「プレッジ&レビュー方式」という方法が採用されている。

各国が2020年以降の削減目標を自主的に掲げ(プレッジ)、その進捗・内容を第三者から確認(レビュー)されながら進めていく方法である。

上記手法の策定には、京都議定書での失敗が活かされている。

京都議定書は、先進国のみに排出削減義務がある法的な枠組みとして施行されたが、そのトップダウン型アプローチを快く思わなかった大量排出国が批准しなかった。また、発展途上国の経済成長に伴う排出量が増加しつつあった状況も相まって、効果的な施策とは言えなかった。

プレッジ&レビュー方式の採用には、削減主体が自主的(ボトムアップ型)に目標値を定められ、かつ発展途上国を含めた幅広い主体に受け入れられやすい方法を望む声が反映された形となる。

[参考資料]

欧州グリーンディール

昨年、EUの執行委員である欧州委員会は「欧州グリーンディール」を打ち出した。

委員会理事長・ウルズラ・フォンデアライエン氏の任期期間である2024年までの政策の柱として期待されている。

同政策は下記を標榜している。

①2050年までに欧州をGHG排出ゼロ達成の最初の大陸とすること

②2030年までのGHG排出削減目標を40%から50%~55%まで引き上げること

③国際社会のロールモデルとして国際会議を主導すること

④欧州気候法を策定すること

⑤上記達成のために120兆円の欧州投資計画を立てること

同政策のバックボーンには、パリ協定で謳われている2050年までにGHG排出ゼロを達成するという目標があるものの、その内容は非常に野心的であり、パリ協定で打ち出された目標を大幅に上回る。

フォンデアライエン氏は、その公約通り、2020年1月14日に「欧州グリーンディール投資計画」および化石燃料から再エネ移行に伴って経済的に悪影響を被る地域に対する救済措置に相当する「公正移行メカニズム」を発表した。

グリーンディール投資計画では、ソリューションプロバイダが持続可能なソリューションを開発することに対して投資を実行するための資金調達、規制緩和、実質支援を提供する。

また、公正移行メカニズムでは、2021年~2027年の間、1000億ユーロを用意して化石燃料バリューチェーンに依存する労働者やコミュニティに対して必要な補助・投資を作り出す。

この野心的な目標を達成するにはEU予算のみでは足りないため、加盟各国の支出から1140億ユーロを確保し、また投資基金「InvestEU」が欧州投資銀行(EIB)に対して信用付与することで2790億ユーロを確保する予定である。

欧州グリーンディールは果たして上記目標を達成できるのだろうか?

加盟国毎に産業構造が大きく異なり、例えば発電の8割を石炭火力に依存するポーランドは、50年の目標についていけていない様子ではある。

また、原発をどのように活用するかについても加盟国間で溝があり、脱炭素が遅れる国からの輸入品に課税する仕組みも導入予定であり、貿易摩擦の新たな火種となる可能性もある。

このように課題は山積みではあるものの、フォンデアライエン氏の姿勢は一貫して「是」である。

今後も欧州グリーンディールの動向から目が離せない。

[参考資料]

脱炭素ソリューションを掲げるEUスタートアップ

ここまでEU脱炭素政策の中心となるキーワードについて見てきた。

おそらく多くの方々が日本と比較してEUの脱炭素の議論や社会実装が進んでいると感じられたのではないだろうか?

上述の通り、EUでは脱炭素面の政策的支援が豊富なことから、事業者サイドにおいても脱炭素ソリューションを追い求めるインセンティブがあり、実際に多くのスタートアップが出てきている。

欧州グリーンディールのような脱炭素政策を実現するには、多くの機能、例えばCCUS(二酸化炭素回収・有効活用・貯留)技術やGHGそのものを測定する技術、化石燃料に頼らない再エネ動力の開発などが必要となってくる。

ここからは上記に該するソリューションを展開するスタートアップを数社ピックアップしたい。

カーボンフリーな水素エネルギーを提供するスタートアップ

H2Go Power(イギリス)

H2GoPowerはカーボンフリーな水素を「固体中に閉じ込め貯蔵する技術」を持つスタートアップである。

なぜ同社の技術が重要なのだろうか?

上述した2050年目標を達成する上で最も障害となるのが、「化石燃料の段階的な廃止」である。脱炭素化の議論では再エネ電力を普及させ、可能な限り電化を進めるという発想は良く展開されるものの、これでは大規模燃焼機関を抱え、熱利用による化石燃料を必要とする製造業者に対する代替案にはならない。

そこで近年話題になりつつあるのが、水素エネルギーの社会実装である。

水素は既存インフラへの混焼も可能であるし、再エネ電力由来の電解水素を用いればカーボンフリーと言える燃料系である。

しかし、ここで課題となるのが水素貯蔵システムである。

水素の貯蔵方法で最も一般的なのは、高い圧力で水素ガスを圧縮する方法であるが、この方法では安全性に欠けることとガスの圧縮コストが高く経済的ではない。

H2GoPowerの技術を活用すれば、従来の10分の1以下の圧力で水素を貯蔵であるため、より安全かつ経済的な水素燃料を活用できるようになる。

電動リージョナルエアライナーの実用化を目指すスタートアップ

Heart Aerospace(スウェーデン)

Hear Aerospaceは電気モーターでのフライトが可能な小型旅客機の開発を行うスウェーデン発のベンチャーである。

同社の発表によると、航空機からのGHG排出量は現状維持ケースの場合、2050年までに現在の2%から12~27%まで増加する可能性があり、その中でも短距離航空便による排出が40%を占めるという。

航空セクターは、EU-ETSフェーズ3期間中に脱炭素対象部門に追加されており、速やかな脱炭素化の促進が求められる分野の一つである。

同社は、2025年までに電動リージョナルジェットであるES-19の販売を開始する予定であり、今後の動向から目が離せない。

CO2オフセットによるグリーンファイナンスプラットフォーム

Climate Trade(スペイン)

EU-ETSを紹介した際にも述べたが、脱炭素を推し進める上で課題となるのが、排出権取引の円滑化・省力化である。

その課題に対して、Climate Tradeはブロックチェーンを用いたオンライン排出権取引市場を展開することで、企業のより迅速かつ安全な取引に貢献している。

Climate Tradeは、国連CDMを含む高水準規定のプロジェクトに使用でき、また、プラットフォームはVCS(Verified Carbon Standard)の基準を満たしている。

企業は自らのカーボンオフセットを実行するために、プラットフォーム上のアカウントから直接取引が可能であるうえ、取引後には証明書が発酵され、企業として開示義務のある各種レポートに使用することができる。

また、同社の技術は「CLIMATE TRADE GO API」というカーボンフットプリントを自動計算し、消費者やサプライヤーが、ある商品のサプライチェーンからの脱炭素化に貢献しているのかを確認することが可能である。

まとめ

本記事では、EUの脱炭素化に対する高い関心を説明する上で、「EU-ETS」「パリ協定」「欧州グリーンディール」というキーワードを用いた。

一方、脱炭素化政策の普及や各ソリューションの社会実装に係る取り組みは日々試行錯誤されているため、相当複雑であり、上記キーワードのみでは到底説明できない。

菅総理大臣の発表を受け、日本も2050年の脱炭素化に向けて議論が本格化していくものと見込まれている。

その中で存在感を発揮し、議論を推進していくには、EU動向の一挙手一投足を注目し、日々学び続けることが必要となる。

表題画像:Photo by Marcin Jozwiak on Unsplash (改変して使用)

執筆者
松尾知明 / Tomoaki Matsuo
中小企業診断士 / Web Writer
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